これがわたしの夢なの?
前回までは「坪単価」についてお話してきました。第4話では『営業のプロの教え』のコーナーの方が、「坪単価」についての話題でしたね。
前回までのわたしのお話が、少しは役に立ちましたか?
さて、今回からはプラニングを行う上で重要な、「自分たちの」要望をどう伝えるべきか、どうまとめていくべきか…について考えてみましょう。
今回は、最初ということなので、「自分たちの」という意味を理解してもらおうと思います。これって家づくりにおいては、とっても大事なんですよ!
ではでは、実際の事例を紹介していきましょう!
お客様と住まいづくりを行っていく時、出てくる問題(疑問?)の一つが、この「自分たちの」ということを履き違えている方が多いということなんです。
どういうことか、よくわかりませんよね?
まずは具体的な事例にて、どういうことなのかお話しましょう。
マムちゃん一家の夢は、全面開口!
とある大きな芝生の広場に面した住宅展示場。一階のリビングの南側の窓が全面天井までの大開口で、輝く太陽、芝生の緑、心地よい風…と三拍子そろった、それはそれはすばらしい環境でした。
ここを訪れたマムちゃん夫妻(久し振りの登場ですね(笑))は、一気に気に入り、自分たちもこういうリビングの家にした~い!な~んて夢を持っちゃったから大変。そういう要望を第一に、家づくりを行っちゃいました。
結果は、要望通りのリビング全面開口!
大喜びかと思ったら、どうも様子が変なんです。
訪れてみると、全面開口のリビングのその先には、真っ黒なワンボックスのクルマが窓ギリギリまで止まっており、その向こうには人通りの多い国道が…。日中でも視線が気になっちゃって、厚手のレースカーテンを閉めっぱなし…な~んて毎日です。
さらには、テレビや家具を背にする壁がなく、仕方なしに窓の一部をふさいで置くありさま。
プラニング段階で、もちろんプロはマムちゃん夫妻に、考え直すようにアドバイスしていたんですよ!
でも、マムちゃん夫妻には、あの展示場のイメージが強く、あれこそ理想の家 =「自分たちの」第一の要望なんだ!となっちゃっていたんですね。恋する乙女の一途な想いのような状態で…。
あれだけ燃え上っていたマムちゃんも、さすがに今はちょっと後悔しています。なんでもっと現実を考えなかったのか、なんでもっとプロのアドバイスに耳を傾けなかったんだろう…と。
マム姉ちゃんの夢は、対面キッチン!
そんな頃、とある街のキッチンメーカーのショールームには、マムちゃんのお姉さん夫妻が、キッチンを見に来ていました。
お姉さんは、一目で真っ赤な光沢のある面材の対面キッチンに惹かれ、幅は普通でいいからこうしたい! な~んて夢を持ってしまいました。
さすがに姉妹! 同じような夢を見ています。
困った設計士も、お姉さんの「とにかく実現したい!わたしの夢なの!」という熱意と、「自分の城はキッチンなの!」の一言に負け、要望どおりのプランで家を建てちゃいました。
もちろんご主人もお姉さんには弱く、「キッチンは家内にまかせた…」と、あまり気にしていませんでした。
結果は、対面キッチンにより12畳のLDKのうち、半分近い5畳がキッチンスペース。おまけに今まで使っていたお気に入りの大きなダイニングテーブルを、対面キッチンに横付けにしている状態で、リビングスペースがほとんどありません。
キッチンはというと、背面にある大きなカップボードの半分は空っぽ。キッチン上部の収納もかな~り空いているありさまです。
もともと共働きのマムちゃんお姉さん一家は、外食中心で、あまりこった料理は登場していませんでしたから、調理道具も食器も少なかったんですね。
空いたカップボードに、タオルや洗剤などの生活用品を収納したり、お気に入りのダイニングテーブルを処分しようか…、などと考え出す毎日です。
流行りの大画面テレビも置けず、なんとも窮屈な感じのリビング。マム姉ちゃんの城が、本当の「お城」になってしまったようです。
どうですか? みなさんの周りにもこういう方はいらっしゃいませんか?
もちろん、プロは事前にお客様の立場にたって、バランスを考えた冷静なアドバイスを行います。
でも、残念なことに競合が激しい場合などは、下手をすれば「あの設計士は、わたしの意見を聞いてくれない!」なんてことになっちゃうので、商談を打ち切られてしまうのを恐れて、渋々言われるままの要望を、通してしまったりしちゃうんです。
これは、設計士にとっても辛いことなんです。最善をつくしても、上記のようなケースは出てしまうものですから。
説得できない自分の力の無さを痛感したり、完成した家のプランを酷評されたり、それでも背に腹はかえられない…という状況なわけです。
みなさんはどうですか? 「自分たちの」という意味がわかってきましたか?
自分たちの生活をイメージする!
大事なのは、「自分たちの」要望を伝える前に、「自分たちの」生活をイメージすることです!
この家で、この間取りで「自分たちの」生活スタイルはどうなっていくのか? どういう生活が描けるか?なんです。
たま~に、間取りが生活を変える! 自ずととそういう生活スタイルになっていく! なんて言う方がいますが、みんながみんなそうなるとは限りません。
脱衣所で脱いだ衣類を洗濯機にポン!と投げ込む習慣を10年続けた人が、ある日突然カゴに入れて1階の洗濯機まで持っていく…なんて生活、考えられますか?
キッチン横の勝手口からごみを外にポイ!と仮置きしていたのを、玄関を出て横のスペースに丁寧に置く…なんて、すぐに出きますか?
変えたくない習慣こそ、本当の「自分たちの」要望の一つなんではないでしょうか。
また何も考えずに、「最近はこういうのが主流です!」なんて言葉にのせられて、そのまま採用しちゃうような、時代の流れや流行を追うことも危険なことのひとつです。
振り返ってみてください! 今まで数々の流行がありましたよね。ウォッシュレットみたいに、完全に馴染んだものもあれば、ジャクジーや24時間風呂みたいに、問題を抱えたまま付いているのに使われなくなっちゃったものもあります。
朝シャンブームに乗った洗面台の大掛かりなシャワー水栓も、たしかにお掃除の時には伸びて引っ張れて便利ですが、あの大掛かりなタイプのシャワー水栓を取り付けて、本当に洗面台で頭を洗った人がどれだけいたことか。わたしも朝シャン派ですが、普通にシャワーを浴びますね。
新しい情報は、住まいづくりにおいては大事です。でも、展示場のイメージやデザイン系の住宅雑誌、設備メーカーの宣伝に踊らされちゃったりするのは、いかがなものでしょうか。
まずは「自分たちの」生活スタイル、家族構成、住環境(敷地や周りの建物、道路、方位など)をしっかりと捉え、ちゃ~んとしたイメージをもとに要望をまとめてみましょう。
「自分たちの」生活がきちんとイメージされていれば、設計士さんにも的確に伝わりますし、きっとその夢を実現してくれることと思います。
みなさんも設計士さんに、変な悩み?を持たせることはやめましょうね!
どうせ悩ませるなら、本来のプラニングで悩んでもらいましょう。
『間取りの博士』の教え:第5話
☞ そんな「ヒアリング」で大丈夫?
※プロローグでお断りさせて頂きましたが、現在では女性蔑視・差別表現とされている「ご主人」「旦那」「奥様」という呼称が登場しています。ジェンダー・ニュートラルな「パートナー」や「つれあい」という言葉では文脈上誰を指すのかわかりにくく、また公的な場で「夫」「妻」を他人が呼ぶ呼称が未だ定着していないことから、便宜上「ご主人」「旦那」「奥様」という呼称を使用しています。