奈良県旅行観光ガイド『法隆寺
法隆寺 Vol . 82
法隆寺
(奈良県 生駒郡斑鳩町)
‐ Nara ‐
奈良
Presented By 星★聖
法隆寺(奈良 斑鳩)
国内旅行観光ガイド『名勝・史跡★百景』 > 法隆寺 法隆寺をご覧になるにあたって
法隆寺の評価
法隆寺の観光格付け評価
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■ 法隆寺とは?

 奈良県生駒郡斑鳩町にある、別名「斑鳩寺」とも言われる、聖徳太子ゆかりの南都七大寺のひとつで、聖徳宗の総本山。世界最古の木造建築物にして、1993年12月に、日本で最初に「姫路城」などとともに世界文化遺産に登録された世界に誇る建築物。
 境内は国宝の「金堂」や「五重塔」、珍しい四間の門である「中門」などからなる西院伽藍と、中宮寺と接する国宝の「夢殿」がある東院伽藍に大きく分かれ、その他に国宝の「西円堂」などがある。正岡子規が詠んだ「柿食えば 鐘がなるなり 法隆寺」 の句でも知られるお寺で、「聖霊院」前の鏡池の横に子規の句碑も建つ。
日本の世界遺産
法隆寺のPR
おすすめシーズン
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
紅葉
本当の意味で法隆寺を楽しみたいのなら、紅葉時の朝一番に訪れよう!
正岡子規の「柿くえば~」の句碑を見逃さないように!
金堂の軒下、黒駒馬屋、三棟造りの東大門、夢殿の宝形にも注目!
~ 法隆寺 編 ~ 温泉マイスター 星★聖(ほし たかし)
法隆寺の見所
南大門 法隆寺門前の松並木 西院伽藍への参道
南大門 法隆寺門前の松並木 西院伽藍への参道
立ち退き騒動で有名となった法隆寺の南大門前。現在はきれいに整備されているが、昔を知る人間からすると、かつての趣は無く少々寂しい気もする。 法隆寺門前にのびる真っ直ぐな松並木。朝一番の人影の無い並木道の光景は美しい。本当の意味で法隆寺を楽しみたいのなら朝一番に訪れること勧める。 南大門を抜けると、前方に五重塔や中門など西院伽藍が見えてくる。左手には上土門、唐門がある。日中とは異なる空気感と静けさが良い。
世界文化遺産 石碑 西院伽藍 廻廊の連子窓
世界文化遺産 石碑 西院伽藍 廻廊の連子窓
日本画家の平山郁夫氏の書により、「日本最初の世界文化遺産 法隆寺」の文字が刻まれている。この書が平山氏のものと知ったのはかなり後のことだった。 法隆寺伽藍の一番の見どころと言っていい五重塔と金堂、中門、大講堂などがある西院伽藍。何回訪れてもこの風景には心が躍る。 中門から続く左右の廻廊にある連子窓。それだけでも美しい光景だが、紅葉時に見せる輝きは特筆もの。この美しさは五重塔の眺めをしのぐほど。
中門 中門の金剛力士像 五重塔と金堂の眺め
中門 中門の金剛力士像 五重塔と金堂の眺め
真ん中に柱があり通りにくい四間の門。真ん中に柱が建つ偶数間の造りの門はとても珍しい。一説には太子の怨霊を閉じ込めるためとも…。 参拝を急ぐばかりに、この中門前の階段を上る人は少ないが、是非そばで眺めて欲しい金剛力士像。室生寺同様に、阿形は赤く、吽形は青い。 参拝窓口を入ると、手前に五重塔、奥に金堂という配置で伽藍が見える。まるで遠近法を使った絵のように、綺麗な三角形の構図となる。
金堂と五重塔の眺め 金堂 金堂軒下の坐像
金堂と五重塔の眺め 金堂 金堂軒下の坐像
二層入母屋造りながら、須弥壇を中心にした正方形に近いお堂内部には階段は無く、四方に出入口があるのと2階の手すり形状が特徴的な国宝の建物。 飛鳥時代の釈迦三尊像を中心に、薬師如来座像と阿弥陀如来座像が配されており、その周りを四天王像が囲む。壁面には焼失した壁画が再現されている。 初層の四方の軒下に、支えとなっている坐像がある。北西側は象、他は獅子の坐像で、南側は阿形、北側は吽形となっている。
金堂支柱の昇り龍・降り龍 五重塔 燈籠
金堂支柱の昇り龍・降り龍 五重塔 燈籠
二層の四方の支柱には龍の飾り物がある。南側は阿形の昇り龍、北側が吽形の降り龍となっているが、創建時には無く江戸時代の修復時に付けられたとされる。 高さ31.5mの国宝で日本最古の五重塔。5層の屋根が上にいくほど極端に小さくなっていく、逓減率0.5というかなり特徴的な五重塔。瑠璃光寺とは対照的。 大講堂前にある燈籠は、5代将軍 徳川綱吉の生母である桂昌院が寄進したもの。それ以前からあったのかは?だが、伽藍的には重要な位置にある。
大講堂 西円堂 西室・三経院
大講堂 西円堂 西室・三経院
現在の建物は、725年に落雷によって焼失したお堂を、平安時代の990年に再建したもので国宝。堂内には薬師三尊像が安置されている。 五重塔や金堂の西側にあるため、ほとんどの方が足を運ばない西円堂。高台にある八角造りのお堂は国宝で、乾漆像の薬師如来像が安置されている。 西室の南側を改築して造られた鎌倉時代の建物で国宝。聖徳太子によって著されたとされる法華義疏・勝鬘経義疏・維摩経義疏の三経義疏にちなんだお堂。
弁天池にある亥之島弁財天 正岡子規の句碑 東室・聖霊院
弁天池にある亥之島弁財天 正岡子規の句碑 東室・聖霊院
三経院前の弁天池にある亥之島弁財天。紅葉の時期にはプチ紅葉スポットに! すぐ横には、西茶屋とトイレがあるので休憩時に寄ってみよう。 正岡子規の代表作である、ご存知 「柿くえば 鐘が鳴るなり 法隆寺」 の句碑が、聖霊院の前の鏡池の横に建てられている。見逃す人が多いので注意。 鎌倉時代の建物で、東室の一部だった南側を1121年に再建する際に独立させ、聖徳太子像を祀るお堂としたもの。ここでは堂内に上がってお参りしよう。
聖徳太子黒駒馬屋 鋼封蔵 細殿・食堂
聖徳太子黒駒馬屋 鋼封蔵 細殿・食堂
聖徳太子の愛馬として知られる「黒駒」の馬屋で、中には黒駒の像が安置されている。ここも素通りされがちだが、中を覗こう! 東大寺の正倉院のような、奈良時代~平安初期に建てられた宝庫で国宝の建築物。ここに納められていたモノは大宝蔵院に移され保管されている。 順路沿いにありながら見逃されがちな建物で、右の細殿は重要文化財ながら、左の食堂はなんと国宝。食堂には現在、御本尊の薬師如来像のみ安置されている。
大宝蔵院 西院伽藍前の参道 法隆寺の土塀
大宝蔵院 西院伽藍前の参道 法隆寺の土塀
1998年に建造された百済観音堂を中心にした東宝殿と西宝殿からなる宝物館で中には国宝がズラリ。百済観音や夢違観音、玉虫厨子などがある。 誰もいないこの西院伽藍前の参道の光景はスカッ!とする。世界遺産にして日本を代表する観光地ながら、こうした光景に出会えるのはアサイチの特権。 場所により傷みも激しい土塀だが、自然な模様となんとも言えぬ優しい色遣いがよく、そばを歩いていても圧迫感がなく落ち着く。土台の石がまた良い感じ。
東大門 東院伽藍への参道 東院伽藍 西門(四脚門)
東大門 東院伽藍への参道 東院伽藍 西門(四脚門)
西院と東院の途中に建つため中ノ門とも言われる、奈良時代に建造された八脚門で、門の内外に小屋根が2つあり、その上に大屋根がある三棟造りの珍しい門。 修学旅行生をはじめ、バスツアー客や海外からの観光客など、毎日多くの人が、西院伽藍と東院伽藍を結ぶこの参道を歩いて行く。 鎌倉時代前期に建造されたとされる、西院伽藍から続く参道正面に建つ門で、国の重要文化財。
北室院 太子殿 夢殿入口 夢殿
北室院 太子殿 夢殿入口 夢殿
夢殿の賑わいとは対照的に、人影が少ない中宮寺入口前の北室院太子殿。国の重要文化財で、本堂には阿弥陀三尊像が安置されている。 東院伽藍最大の見所である国宝の夢殿への入口。四脚門をくぐった人は、まず間違いなくそのままこの入口をくぐる。 聖徳太子が住まわれた斑鳩宮跡に、太子を偲び739年に建造された上宮王院の中心的建物。西院伽藍とは全く異なる感じ。
東院伽藍 南門 舎利殿と絵殿 自然美溢れる空間
東院伽藍 南門 舎利殿と絵殿 自然美溢れる空間
夢殿をはじめとした東院伽藍を訪れる方は多くても、すぐそばにある南門を見る方は少ない。これも重要文化財である。 聖徳太子が2才の時に、合掌したその手の中から現れたとされるお釈迦様の遺骨である舎利を安置する舎利殿と、太子ゆかりの障子絵が納められた絵殿。 夢殿では廻廊や樹木など、メイン建築物以外にカメラを向ける人の姿が目につく。四季の変化や光線が生みだす自然の風景が楽しめる場所ということか…
宝形 連子窓から望む常夜燈 鐘楼
宝形 連子窓から望む常夜燈 鐘楼
八角形の夢殿の屋根の上にも注目! てっぺんにある宝形は、上から光芒、宝珠、宝傘、宝瓶、受花と蓮花の反花で構成されている。 東院伽藍の廻廊の連子窓から望む常夜燈の景色。西院伽藍同様、法隆寺は連子窓からの眺めが美しく、見逃されやすいポイント! 鎌倉時代の建築物だが梵鐘は奈良時代のもので、お隣の中宮寺の刻印がある。東院伽藍内ながら夢殿でも中宮寺でもない微妙な位置で可哀そう。
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法隆寺の地図
基本情報
■名称:法隆寺
■読み方:ほうりゅうじ
■ホームページ:法隆寺
■所在地:奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1
■問合せ:0745-75-2555
観光情報
奈良県観光情報
斑鳩町観光協会(法隆寺iセンター)
奈良県エリアガイド
奈良県グルメ情報
星★聖の名勝・史跡探訪記 『法隆寺』 編

日本初の世界遺産!

奈良県にあって、奈良公園中心の「古都奈良の文化財」とは一線を画す、飛鳥文化を今に伝える歴史的建造物のひとつが、世界最古の木造建築物である聖徳宗総本山 『法隆寺』です。

法隆寺と言えば、大仏で有名な「東大寺」同様、知らない方はいないというくらい有名なお寺ですが、聖徳太子を連想される方、正岡子規が詠んだあの有名な、「柿食えば 鐘がなるなり 法隆寺」 の句を連想される方、はたまた幾度と無く登場した旧札の数々を連想される方・・・と、様々なのではないでしょうか。

別名「斑鳩寺」(いかるがのてら)とも言われる法隆寺は、1993年12月に、日本で最初に、「姫路城」などとともに世界文化遺産に登録されました。

日本において、世界遺産という言葉を、世に広めるキッカケにもなったお寺ではないでしょうか。


すっかり変わった法隆寺周辺!

そんな法隆寺が建つ、奈良県の斑鳩周辺は、のどかな農村地帯に、ポツンポツンと寺院が建っているようなところで、普通に田畑越しに五重塔や三重塔などが見え隠れし、タイムスリップしたかのような錯覚に陥る、実に不思議な地域です。

まだまだ伝統的な日本の風景が残された地区で、飛鳥地方とともに、奈良県の中でも、どこかホッとするような場所となっています。

そんな斑鳩地区の中心に位置するのが、この法隆寺です。

この法隆寺を再訪してみて、真っ先に驚かされたのが、どこか懐かしい景観が残る斑鳩地区にあって、驚くべき変貌を遂げた、近年の法隆寺周辺の道路や施設の整備状況です。

観光化と車社会による時代の流れや、世界遺産登録による文化財保護と環境整備の問題等々、いろんな要素があるのでしょうが、とにかくその変わり様には驚かされます。

門前の飲食店「かどや」の強制撤去問題などは記憶に新しいものですが、昔の法隆寺を知っておられる方は、他の寺院とは全く異なるほど整備の行き届いた現在のお寺の姿に、びっくりされるのではないでしょうか。


やはり再建か?「法隆寺」

法隆寺の建立時期については、確かな証はないものの、一般的には、今から1400年ほど遡った607年に造られたとされています。

用明天皇が願いつつも果たせなかった寺院建立の志を、後の「推古天皇」と「聖徳太子」がくみ取り造り上げたとされるのが、この法隆寺の起源とされています。

建立の時期については、薬師如来像の光背(こうはい)に書かれた一文や、747年に記されたとされる、「法隆寺伽藍縁起并流記資財帳」(ほうりゅうじがらんえんぎ ならびに るきしざいちょう)などにより、いろいろと推察されています。

現存する法隆寺建築物の造営時期については、古くからいろんな説や論争が巻き起こっており、未だ謎が多いことは、みなさんご存知のことと思います。

そんな中、「日本書紀」に登場する、670年に一屋も余すことなく法隆寺が焼失した・・・とされる記述より、再建説が強く唱えられてきましたが、それを裏付けるように、近年の科学技術の進歩により、法隆寺伽藍の仕様部材の伐採時期の調査などにより、7世紀後半に再建されたという説が有力となってきました。

しかしながら、一部に7世紀前半の部材も混ざっているということから、法隆寺伽藍については、未だ謎が多く残されています。


東西に分かれる法隆寺伽藍

法隆寺の境内は、およそ187,000㎡(56,567坪)と言われ、ちょうど東京ドーム4個分の大きさに匹敵します。

現在の法隆寺は、東西に広がる大きなお寺となっており、「五重塔」や「金堂」を中心とした「西院伽藍」(さいいんがらん)と、半跏思惟像(はんかしゆいぞう)で有名な「中宮寺」(ちゅうぐうじ)に隣接し、聖徳太子を偲び造られたとされる「夢殿」を中心とした「東院伽藍」(とういんがらん)とに別れます。

そんな法隆寺を訪れて、最初にくぐるのが、立ち退き騒動の舞台ともなった「南大門」で、室町時代1438年に再建された門と言われています。

南大門を抜けて、左右にいくつかの寺院を見つつ参道を進むと、東西に走る大きな通りに出ます。

この参道に立ち、正面に見えるのが、西院伽藍で、右手東側の参道の先に位置するのが、夢殿がある東院伽藍となります。

ちょっと違うぞ!法隆寺の中門と五重塔

西院伽藍は、左手にある入口から中に入り廻廊を進んで行くと、西に「五重塔」、東に「金堂」、北に「大講堂」という伽藍配置が見てとれます。

この法隆寺式の伽藍配置は、日本独特のものであり、この法隆寺以降建立された寺院の多くは、「四天王寺」や「飛鳥寺」などの伽藍配置とは異なり、塔が伽藍の中心から外れていったとされています。

そんな伽藍配置を眺めていると、ふと背後の「中門」(ちゅうもん)の不自然さに気付きます。

中門を通らずに中に入ったことや、参道から見た時には、五重塔ばかりに目がいっていたこともあり、なかなか気づかなかったのですが、この法隆寺の中門は、通常三間、五間と、真ん中は通り道となっている門が多い中で、四間と偶数間で、真ん中に柱が建つ造りとなっています。

他にどこの寺院がそうだったか・・・と、ちょっと考えてしまうくらい特徴的な門となっています。

再び正面に目を向けると、今度は、日本最古の五重塔であり、国宝にもなっている、壇上31.5mの五重塔の違いに気付きます。

この五重塔も法隆寺ならでは・・・と言える五重塔で、5層の屋根が、上にいけばいくほど、極端に小さくなっていくのがわかります。

一番上の屋根の一辺は、一番下の屋根の半分という、逓減率0.5というかなり短いものとなっており、これまた特徴的なことに気付きます。

全国各地、いろんなお寺を訪れては、何の気なしに五重塔を見上げていましたが、そんな違いがあったとは・・・、と法隆寺を訪れてみて、はじめてそんな視点で五重塔を見るようになりました。

修学旅行では、全く気付くことがなかった数々の違いに、時を超え改めて気付いて行くことも、旅の楽しのひとつです。


謎の彫刻師 止利仏師!

そんな五重塔と並び、その東側に建っているのが、五重塔同様国宝になっている、二層入母屋造りで、2階の手すり形状が特徴的な飛鳥様式を見せる金堂です。

この金堂には、法隆寺のご本尊である、「釈迦三尊像」があります。

623年止利仏師(とりぶっし)がつくったとされるこの釈迦三尊像ですが、その大きさは意外と小さく、高さ90cm前後と、ちょっと小柄な釈迦三尊像となっています。

また、「薬師如来坐像」、「阿弥陀如来坐像」なども安置されており、それらを守護すべく、最古の「四天王像」が周りを囲っています。

止利仏師は、鞍作止利鞍作鳥」(くらつくりのとり)とも言われ、これまた謎多き人物となっており、この釈迦三尊像も、彼が直接彫ったのかどうか・・・と、論議をよんでいます。

自ら手がけたのか、プロデュースのみを行ったのか・・・、未だ謎は解けていません。

また、1949年に、模写中に焼損してしまったことで有名な、世界的な仏教絵画である「法隆寺壁画」も、この金堂内にありました。

残念ながら現在は、模写されたパネルがはめ込まれています。


秘仏!救世観音像

夢殿は、西院伽藍から「大宝蔵院」、「大宝蔵殿」などを抜け、参道を東へ進んだところにあります。

法隆寺という同じお寺だということを知らずに訪れたならば、全く別のお寺と思ってしまうほど、西院伽藍とは距離感もあり、また全く異なる雰囲気を漂わせているのが、この東院伽藍です。

というのも、それもそのはずで、この夢殿は、法隆寺建立につくした聖徳太子その人自身を偲び、後の739年に「斑鳩宮」跡に造られた「上宮王院」の一部だったからです。

五重塔や金堂などの飛鳥建築物とは異なり、夢殿は、天平文化の時流にのったつくりをしており、夢殿内部には、聖徳太子の等身の「秘仏」とされる、高さ179.9cmの「救世観音像」(くぜかんのんぞう)や、その背後にある「聖観音立像」など、聖徳太子の供養の為の仏像が、数多く収められています。

中でも、国宝である救世観音像は、明治時代に、あの有名な「アーネスト・フェノロサ」によって、はじめて布が解かれ姿を見せたとされる神秘的な観音像で、現在でも特定期間しか、そのお姿を拝見することが出来ない、秘仏となっています。

岡倉天心」らとともに法隆寺を訪れたフェノロサが、このご禁制の布を解いていった時、聖徳太子の祟りを恐れた法隆寺の僧侶達は、みな逃げ出した・・・という伝説まで残っているこの観音像・・・、「釈迦三尊像」、八頭身のすらりとした「百済観音像」とともに、法隆寺を代表する仏像となっています。

日本最初の世界文化遺産、世界最古の木造建築物、そして日本史上、最も有名な偉人のひとりである聖徳太子ゆかりのお寺である、奈良 法隆寺。

修学旅行の思い出しか無い方は、是非とも改めて訪れてみてください。
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