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東大寺 Vol . 56 東大寺(奈良県)
      ‐ Nara ‐
東大寺 奈良
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古都奈良の文化財
 
東大寺 回廊と鹿奈良の都「平城京」の東にあって、「古都奈良の文化財」として、「興福寺」や「春日大社」などとともに、1998年に、「世界文化遺産」に登録されたのが、ご存知 『東大寺』です。
 
東大寺は、放し飼いの「鹿」と、「しかせんべい」が有名な、「奈良公園」に位置し、修学旅行生や内外の多くの観光客で、常に賑わう観光地となっています。
 
近くには、校倉造(あぜくらづくり)の高床式倉庫で有名な、もともと東大寺の倉庫であった「正倉院」(しょうそういん)や「興福寺」、「奈良国立博物館」「奈良県立美術館」などがあります。
 
奈良の文化を今に伝える多くの寺社が集まり、古都奈良の都の香りが今も漂うこの土地は、歴史好きならずとも興味がわく、ロマン溢れる一大文化圏となっています。
 
 
 
都の東の大寺・・・、だから「東大寺」!
 
東大寺の起こりは、728年に、時の「聖武天皇」が、皇太子であった「基親王」(もといしんのう)の菩提を弔うために建てた、「金鐘山寺」(きんしょうさんじ)が始まりと言われています。
 
その後、741年に「国分寺・国分尼寺建立の詔」が発せられたのを期に、大和国分寺として「金光明寺」(きんこうみょうじ)と、改称されました。
 
東大寺 中門 大仏殿(金堂)743年に、大仏を造るべく、「盧舎那大仏造立の詔」(るしゃなだいぶつぞうりゅうのみことのり)が発せられると、745年より大仏の造営が始まり、749年に完成、752年4月、「開眼供養会」(かいげんくようえ)が営まれました。
 
当初大仏は、「紫香楽宮」(しがらきのみや)で造立すべく、準備が進められていましたが、地震・火災などの天変地異が起こり、都が平城京に移ったのを期に、今の奈良東大寺の地に、大仏造立も変更となりました。
 
そしてその頃から、平城京の都の東に建つ大寺(おおてら)ということで、「東の大寺」と呼ばれるようになり、やがて東大寺となったと言われています。
 
 
 
実は、日本一!じゃない大仏
 
東大寺は、「華厳宗」(けごんしゅう)の大本山であり、「盧舎那大仏」をご本尊とする、大規模な伽藍が特徴的です。
 
東大寺 盧舎那大仏この華厳宗の教主である盧舎那大仏は、「釈迦如来」(しゃかにょらい)の別名と言われ、世界を照らし光り輝く仏として広く一般に信仰されてきました。
 
この大仏の造営には、当時の日本の人口の半数以上である260万人が関わったとされており、実に壮大な国家事業であったことが、当時の文献からうかがい知れます。
 
現在の大仏は、752年4月の開眼供養会以来、855年に、地震にて大仏の首がもげるという惨事があり、その後も度重なる兵火に見舞われたため、両手が安土桃山時代に、頭部は江戸時代に修復されたものとなっています。
 
1000年以上の時を経ているわけですから、その間の歴史的背景を考えれば、当たり前のこととはいえ、パッと見では、なんらそのようなことを感じさせない修復技術のすばらしさもまた特筆ものです。
 
東大寺 盧舎那大仏大仏の高さは、14.98mで、中指の長さが1.08m、耳の丈が2.54mという、遠くから眺めるとよくわかりませんが、実に巨大なものとなっています。
 
毎年夏のお盆の前に行われる、大仏様のほこりを払う行事である、「お身ぬぐい」のニュースを見て、その大仏の大きさを改めて感じる方も多いかと思いますが、実はこの東大寺の大仏は、日本一の大きさというわけではありません。
 
あまりにも有名で、多くの方が実際に目にしている大仏ということから、勘違いされている方も多いようですが、日本一の大仏は、茨城県の「牛久大仏」で、高さ120mと、桁違いのバカでかさとなっています。
 
しかしながら、立像のため、東大寺のように座っている大仏では、千葉県の鋸山にある、「日本寺」にある石仏が、高さ31.5mで一番となっています。
 
 
 
世界一!の大仏殿
 
そんな東大寺の大仏を、雨風から守っているのが「金堂」にあたる大仏殿で、東大寺の大仏殿は、その形を変えながら、現在のもので三代目の大仏殿となっています。
 
東大寺 大仏殿(金堂)奈良時代の創建時の大仏殿は、高さ約40m(46mという説もあり)で、和様だったと言われています。
 
しかしながら、1180年に、「平重衡」(たいらのしげひら)の軍勢による、「南都焼き討ち」にあい、大仏殿をはじめとした多くの伽藍(がらん)が焼失してしまいました。
 
ニ代目の大仏殿は、鎌倉時代に入った1195年に、「俊乗坊重源」(しゅんじょうぼうちょうげん)らにより築かれました。
 
その大きさは、創建時のものとほぼ同じだったとみられていますが、この大仏殿の様式は、和様ではなく天竺様であったと言われています。
 
東大寺 大仏殿(金堂)しかしながらまたもや、1567年、「三好・松永の戦い」にて、「松永久秀」らの軍勢により、大仏殿を含む多くの伽藍が焼失させられてしまいました。
 
それ以後、しばらくは再建に至らなかったのですが、江戸時代に入った1709年に、「公慶上人」(こうけいしょうにん)らによって再度大仏殿が建立され、それが三代目となる現在の大仏殿となりました。
 
二代目同様、天竺様の現在の大仏殿は、横幅が2/3に縮小されたものの、間口57.01m、奥行き50.48m、高さ48.74mと、木造建造物としては、世界一の規模を誇るものとなっています。
 
2/3に縮小されてこの大きさですので、いかに当時の日本の木造建築技術が優れていたか・・・、改めて驚かされます。
 
その後、明治と昭和に、二度の大掛かりな修理が施され、この世界一の大仏殿は、現在に至っています。
 
 
 
人だかりのそのワケは?
 
そんな東大寺大仏殿の中に、ちょっと変わったものがあります。
 
大仏殿に入ると、大仏様の背後の一角に人だかりが出来ていることに気付きます。
 
東大寺 大仏殿(金堂)の柱時折り子供達の歓声や、大きな拍手が沸き起こるこの人の輪の中心には、この大仏殿を支える柱の一つがあり、その下方に、1つの穴が開いています。
 
昔から、この大仏殿の柱に開いた穴をくぐると、賢くなれるとか、厄除けになるなどの言い伝えがあり、次から次にチャレンジする人達や、それを見守る家族や友人で、周囲は賑わいます。
 
一説によると、大仏の鼻の穴と同じ大きさだと言われているこの穴は、くぐることで、目から鼻に抜けるということとなり、機転のきく子になる・・・ということで賢い子に育つ!と言われていますが、一方では、この柱が大仏殿の鬼門の方角に位置することから、この穴で悪い気を抜いているという説もあります。
 
いずれにしても、悪いことではなさそうなので、通り抜けられる自信のある方は、チャレンジしてみてください。
 
くれぐれも、途中ではまらないように・・・、勢いでのせられてやらないように、気をつけてください!
 
 
 
日本一!の東大寺南大門
 
東大寺は、大仏さまがあまりにも有名なため、影が薄くなってしまっていますが、忘れてならないのが、東大寺の正門であり、国宝にもなっている「東大寺南大門」です。
 
東大寺 南大門重層入母屋づくりで、天竺様式のこの東大寺南大門は、高さ25.46mで、日本一の山門となっています。
 
世界一の東大寺大仏殿に見合う大きさであり、またそのつくりも重厚感あふれるもので、実にどっしりとした東大寺にふさわしい門構えとなっています。
 
大仏殿が三代目なのに対し、この南大門は、1180年の南都焼き討ち後の、鎌倉時代の伽藍再建時のものとなっており、見るからに歴史を感じさせるつくりとなっています。
 
先代の二代目大仏殿の大きさや仕様に合わせ造られたであろうこの南大門の眺めは、先代の大仏殿の大きさ、豪勢さを連想させます。
 
東大寺 南大門そして、この東大寺南大門には、歴史の教科書でお馴染みの、あの「運慶」「快慶」らによる作といわれる、国宝金剛力士像」、「阿形」(あぎょう) 「吽形」(うんぎょう)が、左右に納められています。
 
一見同じように見える金剛力士像ですが、向かって左の阿形は、口を大きく開けており、右の吽形は、口を閉じています。
 
この金剛力士像 阿形・吽形は、2体とも高さ8.4mという大きさで、これだけの力作でありながら、同時進行でわずか69日で造られたと言われています。
 
この金剛力士像、実は1988年に、はじめて解体修理が行われたのですが、そこで、今までの歴史を覆す発見がうまれました。
 
東大寺 南大門 金剛力士像わたしを含めて多くの方が、教科書で、この金剛力士像は、運慶・快慶の作と教わってきたのですが、この解体修理で、阿形のみ運慶・快慶らの作で、吽形は、「定覚」(じょうかく)・「湛慶」(たんけい)らの作だということがわかりました。
 
それまでは、運慶・快慶がそれぞれ一体づつ指揮して造ったという説が一般的でしたが、どうやら違ったようです。
 
しかしながら、一体を十数人がかりで、69日で造りあげたということに変わりはなく、その仕事の早さと、見れば見る程すばらしい、この出来栄えには驚くばかりで、そこらのお堂に納めるものならまだしも、日本の中心であった都の、しかも日本一の東大寺南大門に納める仏像を、天下に名だたる仏師達が妥協してつくりあげたとは到底考えにくく、運慶・快慶他の技量の程に感服するしだいです。
 
 
 
日本三戒壇
 
東大寺には、他にも有名な建築物がいくつかありますが、その1つが、「戒壇院」(かいだんいん)です。
 
東大寺 中門回廊戒壇院とは、出家して僧侶となるものが、僧として守るべき戒律を授けられる場所です。
 
東大寺の戒壇院は、あの遣唐使や「唐招提寺」(とうしょうだいじ)で有名な、「鑑真和上」(がんじんわじょう)を招いて、755年に創建されたものとなっています。
 
正しい仏法を日本に説くべく、日本に渡ることを決意するも、10年間に5回も渡航に失敗し、失明までしてしまった鑑真和上のお話は有名ですが、その鑑真和上は、この東大寺の戒壇院をはじめ、「日本三戒壇」である、下野の「薬師寺戒壇院」と、太宰府の「観世音寺戒壇院」を創建されました。
 
またこの東大寺戒壇院には、奈良時代の最高傑作と言われる、塑像(そぞう)の国宝四天王立像」(してんのうりゅうぞう)も納められています。
 
東大寺 二月堂この他、東大寺には、「修二会」(しゅにえ)の「お水取り」で有名な「二月堂」や、「三月堂」、「転害門」(てがいもん)、「中門」などなど、たくさんの建造物があります。
 
修学旅行以来、古都奈良へは訪れていない方、今まで一度も奈良の都に足を踏み入れたことが無い方、世界遺産である古都奈良の文化財に触れるとともに、日本一スケールがデカいお寺である奈良東大寺へ、是非とも、足を運んでみてください。
 
テレビや雑誌では、この大きさは感じられませんよ。
 
 
  
 
■ 東大寺 〜 星★聖 の ひとこと 〜
とにかくデカい「東大寺」の大仏さまと、その大仏殿、そして東大寺南大門、戒壇院も必見ですよ!
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