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これがホントに病院!?
山形県の県庁所在地山形の町で、「文翔館」と並び美しい洋館として知られている、ひとつの建物があります。
文翔館とは対照的とも思える奇抜で斬新なこの洋館は、山形城址の「霞城公園」(かじょうこうえん)内に建っています。
「最上義光像」を抜けて、さらに公園の奥に進んでいくと、ピンクというか、オレンジというか、クリーム色というか・・・、とにかくド派手な色彩をはなっている、一風変わった建物が見えてきますが、この洋館が、『済生館』(さいせいかん)です。
通称「三層楼」と言われるこの済生館は、正式には、「旧済生館本館」といい、国の重要文化財の指定も受けている建物で、日本の洋館を紹介する本などでは、しばしば登場する有名な建築物です。
明治時代に県令として、この山形の地に赴任した「三島通庸」(みしまみちつね)により、1879年に建てられた済生館は、もともと病院として使用された建物でした。
もとは山形市七日町に建っており、山形の人々の医療の為に活躍した済生館でしたが、時代の移り変わりとともに、その座を新たな病棟に譲るとともに、珍しい建築物であったこの済生館は、保存の為、この霞城公園に移築され、「山形市郷土館」として、その役割を変え現在に至っています。
ドーナツ状の多角形な洋館
今見ても斬新な済生館の稀に見るそのユニークなつくりは、建築当時から、多くの人の注目の的となり、一躍有名になりました。
この済生館は、建設された翌年には、今でいうところの観光ガイドにあたる、「山形県下名所図会」に描かれ、山形の新名所として、広くアピールされていきました。
病院の純白なイメージとは程遠い、ド派手な配色もさることながら、この済生館の造りは、建物全体がドーナツ状となっており、一階が14角形、二階は16角形、途中に4角形があり、最上階は8角形という、とにかく奇抜で変化のある建物となっています。
間取り図を見れば、その形状がおわかり頂けるのですが、ドーナツ状の一角が正面玄関となっており、その頭上には、塔がそびえているため、一見、それだけの建物に見えてしまいますが、実はその背後に、ぐるりと円形に部屋が繋がっています。
この間取りのユニークさが、そのまま病院施設に生かされており、済生館のその内部は、受付から診察室、手術室、病室などが、ドーナツ状にぐるりと中庭を中心に一周するという、これまたユニークな発想のもとに造りあげられています。
済生館の医師や看護婦さんたちは、毎日毎日、このドーナツ状の病院内を、ぐるぐると何周もしていたことでしょう。
現在でも、大学病院などでは、四角形の建物で、真ん中が吹き抜けになっていたり、やはり中庭になっていて、ぐるりと一周できる病院が多いのを考えると、この済生館は、ある意味先進的な病院建築だったのかもしれません。
人の生命を救う館「済生館」!
そんな済生館には、さらに、最近のデザイン住宅でお目にかかるような、ストリップ式の螺旋階段まであったという、今では考えられないような、とても珍しい病院でした。
当時の洋館としては、螺旋階段はよくあるものですが、ストリップ式であることや、さらにそれが病院ということを考えると、やはり奇抜だったと言えます。
すべてが全く新しい発想の元に造られていた済生館、建設当時大騒ぎしたのもわかる気がします。
病気で診てもらう地元の方々以上に、「山形県下名所図会」片手に、遠くからこの済生館見たさに、多くの観光客が訪れ、賑わいをみせていたのかもしれません。
そんな済生館の名は、「人の生命を救う館」・・・として、時の太政大臣「三条実美」(さんじょうさねとみ)が名づけたとされています。
そして、この済生館という名前は、今も受け継がれており、山形市立病院として生き続けています。
洋館建築物としてすばらしい済生館、そして幾度も山形の人々の命を救ってきた済生館、その現代に生きる姿を見に行かれたい方は、山形城跡、霞城公園を訪れてみてください。
| ■ 済生館 〜 星★聖 の ひとこと 〜 |
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日本の洋館建築を代表する「済生館」!
見るからにユニークな多角形建築の美しさを堪能してください! |
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