大分県旅行観光ガイド『富貴寺
富貴寺 Vol . 78
富貴寺
(大分県 豊後高田市)
‐ Oita ‐
大分
Presented By 星★聖
富貴寺(大分 豊後高田)
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富貴寺の評価
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■ 富貴寺とは?

 大分県豊後高田市の、仏教文化の宝庫と言われ神秘的な装いを見せる国東半島にあるお寺で、国宝にして日本三大阿弥陀堂のひとつである大堂があるお寺。
 718年に、仁聞の手により六郷満山の仏教文化のひとつとして開基されたお寺で、国宝の大堂は、平安時代の12世紀前半に、宇佐神宮大宮司の氏寺として建立されたものだと言われている。
 シンプルな造りながら、正面三間、側面四間の方形造りと、阿弥陀堂としては珍しいものとなっている。
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おすすめシーズン
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
紅葉
素朴なお堂ながら、国宝が語りかける奥深い六郷満山の世界を感じよう!
仁王門にある、石像の金剛力士像にも注目!
梵字が刻まれた仁王像梵字石や笠塔婆、国東塔なども見逃さないように!
~ 富貴寺 編 ~ 温泉マイスター 星★聖(ほし たかし)
富貴寺の見所
富貴寺大堂 仁王門 石像の金剛力士像
富貴寺大堂 仁王門 石像の金剛力士像
日本三大阿弥陀堂のひとつである富貴寺大堂は、言われるまで気付かなかったが、ちょっと変わった正面三間、側面四間の方形造りとなっている。 入口から真っ直ぐな石段を上ると正面にこの仁王門がある。コンパクトながらしっかりした作りで、奥にある大堂とのバランスが非常に良いと思った。 仁王門なので当り前だが、左右に江戸時代中期の作と伝わる阿形・吽形の金剛力士像が置かれているが、ちょっと珍しい石像となっている。
高さ970丈もの榧の木? 御本尊は阿弥陀如来坐像 富貴寺 入口
高さ970丈もの榧の木? 御本尊は阿弥陀如来坐像 富貴寺 入口
九州最古の和様木造建築物は、その影が数kmにも及んだされる高さ970丈(約2940m)もある榧の木からお堂も仏像もすべて造られたという伝説が残る。 御本尊の阿弥陀如来坐像は、二重円光を背負う高さ約85cmの榧材寄木造りの仏像で、国の重要文化財に指定されている。 国宝のお堂があるお寺にしては、思わず通り過ぎてしまうほど、人の気配の無い実に素朴な佇まいをみせる。一瞬ここでいいのかな?と思うほど。
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富貴寺の地図
基本情報
■名称:富貴寺
■読み方:ふきじ
■ホームページ:
■所在地:大分県豊後高田市田染蕗2395
■問合せ:0978-26-3189
観光情報
大分県観光情報サイト
豊後高田市観光協会
大分県エリアガイド
大分県グルメ情報
星★聖の名勝・史跡探訪記 『富貴寺』 編

日本三大阿弥陀堂

大分県の国東半島の山あいに、歴史の教科書にも登場する、ひとつの有名なお寺があります。

九州最古の和様木造建築物である 「大堂」(おおどう)を持ち、国宝にも指定されているその有名なお寺が、この 『富貴寺』(ふきじ)です。

富貴寺大堂は、極楽浄土を再現したと言われる、宇治の「平等院鳳凰堂」や、奥州平泉の「中尊寺金色堂」と並び、「日本三大阿弥陀堂」のひとつとして数えられ、広く藤原文化が地方に波及したことを示す、貴重な建築物として知られています。

もともとこの富貴寺がある国東半島一帯は、仏教文化の宝庫と言われ、数々の歴史的建造物や文化財が見られるとともに、山岳仏教が栄えた地として、とても神秘的な装いを見せる場所となっています。

この富貴寺も含め、この国東半島一帯で盛んだった仏教文化は、「六郷満山」(ろくごうまんざん)と呼ばれており、ひとりの人物仁聞(にんもん)の手により開基されたとされています。

六郷満山とは、豊後国、国東半島一帯に分布する、天台宗の修験寺院の総称で、六郷とは、「安岐」・「武蔵」・「来縄」(くなわ)・「田染」(たしぶ)・「国東」・「伊美」の六つの郷を指すと言われていますが、実際には、この六郷以外の地にも寺院が見受けられます。

この六郷満山といわれる寺院は、本山8寺、中山10寺、末寺10寺の、合計28のお寺と、さらにその末寺、合わせて65の寺院で構成されており、 日本で最初に神仏習合を唱え、境内に神宮寺を持っていた、全国の八幡宮の総本宮である「宇佐神宮」との関係が密でした。

この富貴寺も、そんな六郷満山として例外ではなく、718年に、この仁聞により開基されたお寺だと伝えられており、当時六郷満山を統括していた、西の叡山こと「西叡山高山寺」(さいえいざんこうざんじ)の末寺として開かれました。


極楽浄土を夢見た貴族

富貴寺の大堂は、独自の文化を育む中、平安時代12世紀前半に、宇佐神宮大宮司の氏寺として建立されたものだと言われています。

この富貴寺大堂の建築には、その影が数kmにも及んだされる、高さ970丈(約2940m)もある(かや)の木が使われたとされ、しかも大堂や仏像すべてを、この榧の木で刻んでいったという伝説が残っています。

一見、普通のお堂に見える、この富貴寺大堂の建築様式は、冒頭でご紹介したとおり、阿弥陀堂建築として非常に珍しいもので、今に残る貴重な歴史的建造物となっています。

通常、阿弥陀堂の多くは、方三間、方五間の正方形で、中央に四天柱を立てて、壇上に「阿弥陀如来」を祀るという形が多いのですが、この富貴寺の大堂は、正面三間・側面四間の方形造りとなっています。


このような阿弥陀堂が造られたのには、この時代ならではの時代背景があり、この富貴寺が造られた平安時代12世紀前半は、浄土信仰が広く広まった時代であり、お釈迦さまの入滅後の世の中を表した、正法像法末法の3つの時代のうち、もっとも恐れられた天変地異などの災いが起こるとされた末法の時代が、1052年より始まると囁かれていた時代でした。

その為、極楽浄土に往生することを願った貴族達は、このような阿弥陀堂を建築し、「四種三昧」(ししゅざんまい)の1つである、90日間道場内で阿弥陀仏を念じながら、阿弥陀如来の周囲を歩き回るという、常行三昧(じょうぎょうざんまい)を行ったとされています。

この富貴寺でも、このような考えのもと、多くの人々が、心を集中させ、瞑想のもと境地に至る・・・、という常行三昧を行っていたことでしょう。

そんな信仰の中心に位置し、国の重要文化財にも指定されている、富貴寺大堂の本尊、「阿弥陀如来坐像」は、二重円光を背負う、高さ約85cm榧材寄木造りの仏像で、今でこそ素木状態となっていますが、もとは華麗な漆箔の仏像となっていました。

その背面には、これまた残念ながら、かなり消えかかってしまっているのですが、「日本四大壁画」の1つと言われ、国の重要文化財にも指定されている壁画が描かれています。

また、この富貴寺境内には、梵字(ぼんじ)が刻みつけられた「仁王像梵字石」や、「笠塔婆」(かさとうば)、「国東塔」などが見受けられ、山岳仏教が花開いた往時の姿を、今に伝えています。


これが本当にあの富貴寺?

わたしが、この富貴寺を訪れたのは、同じく六郷満山の1つ「両子寺」(ふたごじ)を訪れた帰り道だったのですが、ごくごく普通の山あいの道端に、ぽつんとあるこのお寺の姿に、これが本当にあの富貴寺?・・・、同名の別のお寺か?・・・と疑うほど、その佇まいは素朴でひっそりとしたものでした。

しかしながら、境内を注意深く見回していくと、素朴な佇まいの中に、奥深い仏教文化が感じられ・・・、やがて、やはりここだったんだ・・・という思いがしてくる、そんな場所でした。

名のあるお寺のほとんどが、少なからず観光というものを意識した装いを見せる中で、全くと言っていいほど、自然体で佇むこのお寺の姿は、ある者には興味深くうつり、ある者には全くつまらなく感じるところなのではないでしょうか。

決して万人受けする場所ではありませんが、国東半島に今も残る、謎多き六郷満山の世界を、肌で感じたい方は、是非訪れてみてください。

雨天時は、文化財保護のため、この富貴寺大堂は、扉を閉ざしたままとなりますので、訪れる際は、天候にも注意してください。
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