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南禅寺にある、いやそばにある・・・
京都の洛東、左京区に、春は桜、秋は紅葉と、テレビや雑誌にポスターに、毎年必ず登場してくる有名なお寺があります。
常に多くの観光客が訪れ、境内にたくさんの人が集っているにもかかわらず、広い境内ゆえか、どこかゆとりが感じられる場所・・・、それが「南禅寺」です。
そして、その南禅寺にある、ちょっと変わった場所、それが、この『インクライン』(傾斜鉄道)です。
正確には、インクラインは、南禅寺ではなく、南禅寺のそばにあるのですが、南禅寺の広い境内を巡っていくと、知らず知らずにたどり着く・・・、そんな感じの不思議な場所となっています。
実は、この南禅寺の境内には、「水路閣」という、これまた変った建造物があるのですが、インクラインへとたどり着く途中に出合えるかと思います。
インクラインは、どこまでも続きそうな長〜い坂道に、真っ直ぐに線路が敷かれている・・・、ただただそれだけの場所なのですが、実はこの坂道に、もの凄い歴史と文明開化の香りが潜んでいます。
日本初の大事業!
この南禅寺のそばにあるインクラインは、「琵琶湖疏水」(びわこそすい)の一部として、明治時代の1890年に、この地につくられました。
琵琶湖疏水は、琵琶湖より京都への水運を目的とし、当時、若干21歳だった「田邊朔朗」(たなべさくろう)を中心に、西洋技術者に頼らず、日本人だけで成しえた、日本初の大事業でした。
しかしながら、この琵琶湖疏水の計画には、乗り越えられない、あるひとつの大きな問題がありました。
それは、現在、「都ホテル」がある、蹴上から九条山にかけての582mで、高低差36mという急勾配で、この標高差の問題は、水運を目指す上で、舟の往来を妨げる大問題でした。
ただでさえ苦労が多く、工事も難航続きだったこの琵琶湖疏水事業にとって、この最大の難関を打開すべく登場したのが、このインクラインでした。
実に面白い!
インクラインは、「三十石船」をそのまま台車に載せて、レールの上を上下させようという、画期的な発想によるもので、これにより急勾配による標高差の問題を、見事にクリアしていきました。
こうして、琵琶湖と「淀川」が結ばれることとなり、このインクラインの登場は、その後の京都の産業発展に大いに貢献しました。
実際に、このインクラインに立ってみると、かなりの勾配があり、確かに水路では、とても船が行き来できるような傾斜じゃないことがわかります。
インクラインを歩いて下り、一番下で振り返って見上げてみると、上にいた時に見たインクラインの眺めよりも、はるかにその勾配がキツイことが実感できます。
是非ともここは、ゆっくりと周囲の景色を楽しみながら、インクラインを下って歩いてみてください。
それにしてもこの記念すべき事業であった琵琶湖疏水事業を、見事成功へと導いたこのインクライン・・・、実に面白い奇抜なアイデアですよね。
今も現役!日本初の水力発電所
この琵琶湖疏水事業と並行して、同時に建造されたのが、近くにある、これまた日本初!の水力発電所である、「蹴上発電所」でした。
レンガ造りのモダンな外観を見せるこの蹴上発電所は、今見ても、見ごたえのあるデザインをした建造物ですが、実はその外観だけでなく、今でも現役で、わたし達の生活を支え続けています。
この蹴上発電所の登場は、その後の1895年に、日本初の路面電車となった、「京都電気鉄道 伏見線」の開通へとつながって行きました。
京都の近代化に、そして、現在の京の街に、無くてはならない琵琶湖疎水、そして、その礎となったこのインクライン。
インクラインは、もちろん今は使われていませんが、当時をしのばせるかのように、船と台車が、レール上に、そっと置かれています。
現在では、桜の名所に姿を変え、わたしたちを楽しませてくれています。
インクラインは、新緑の季節、春の桜、秋の紅葉、落ち葉のシーズン、そして冬景色・・・と、四季を通じて自然を肌で感じられる、また違った京の風情を味わえる場所となっています。
いかがですか、このインクライン! この地に立って、時に身をまかせ、日本初づくしの偉大な事業の軌跡を、肌で感じてみませんか。
| ■ インクライン 〜 星★聖 の ひとこと 〜 |
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四季を感じながら、ゆっくりとインクラインの風景を味わってみてください! |
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