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世界最大の大仏にして、世界最大のブロンズ像
1980年代頃から、東京のベッドタウンとして人口が増加し、のどかな農村が市となり、一気に開けた感のある茨城県は牛久市(うしくし)に、見る者の度肝を抜く世界に誇るものがあります。
それが、この 『牛久大仏』(うしくだいぶつ)です。
牛久と言えば、なぜか牛久市に無い「牛久沼」や、「河童」(カッパ)伝説、「ワイン」などを連想される方も多いかと思いますが、近年、この「牛久大仏」は、それらと並び、牛久を代表するものとなってきました。
建設当初は、歴史的建造物でないことや、その場所柄からか、メディアに露出する機会も少なく、なかなか知名度の上がらなかった「牛久大仏」ですが、最近ではクイズや雑学番組などで登場する機会も増え、多くの方がその存在を知るようになりました。
「ギネスブック」も公認のこの「牛久大仏」は、日本一の大きさを誇るのは当然のこと、現時点では、世界一大きな大仏にして、世界一大きなブロンズ像にもなっています。
その高さは、なんと120mで、台座部分の20mを差し引いても、100mという、超ノッポな大仏様となっています。
100mといっても距離ならイメージできても、高さとなるとなかなかイメージできないものですが、「牛久大仏」のその高さは、ひと昔前のシンボルタワーと肩を並べるくらいの高さ・・・といった感じの巨大ぶりです。
参考までに、全国各地で比較するのに適当な同じくらいの高さのタワーを、北からあげていくと、「さっぽろテレビ塔」が147m、「千葉ポートタワー」が125m、「横浜マリンタワー」が106m、「京都タワー」が131m、「神戸ポートタワー」が108m、山口の「海峡ゆめタワー」が153mですので、ご存じのタワーがあれば、この「牛久大仏」がだいたいどのくらいの大きさなのか、おおよそ検討がつくかと思います。
東大寺の大仏様が手に乗るデカさ!
「日本一の大仏は?」の問いに、千葉県出身のわたしは、小学校で習って以来、長い間、鋸山(のこぎりやま)の「日本寺大仏」(にほんじだいぶつ)と答えていましたが、この日本寺大仏は、高さ31.05mで、この「牛久大仏」のわずか4分の1しかありません。
「牛久大仏」のパンプレットでも、比較対象として登場している、日本一と誤解されやすい、大仏殿は世界一の「奈良東大寺」の大仏様は、坐像ということもありますが、わずか14.98mしかなく、この「牛久大仏」の顔の長さにも及びません。
左手の手の平だけで長さ18mありますので、奈良の大仏様は、「牛久大仏」の手の平に楽に乗ってしまう・・・、そんな計算になります。
もう1つパンフレットに登場しているのが、アメリカ合衆国のシンボルである「自由の女神」ですが、自由の女神ですら高さ40mですので、いかにこの「牛久大仏」が大きいのか、ご理解頂けるかと思います。
人差し指が7m、口が4m、足の爪でも1mあるというこの「牛久大仏」、入園してすぐに展示してある頭部の「ラホツ」(仏像の縮れて右に渦巻く頭髪)1個がこれまた1mで、重さ200kgと言われており、実にこれが480個頭にのっているというのですから、その頭の大きさと重さにも驚かされます。
デカイついでにご紹介すると、大仏へ向かう参道の途中にある「香炉」も、これまた大きなもので、日本一の大香炉となっています。
特撮のような、牛久大仏のその光景!
そんな「牛久大仏」ですが、いざ近づくと、あまりのデカさで、ただただ空を見上げるような形になってしまいます。
そんなことから、いつしか比較対象が無くなり、感覚が麻痺するのか、その大きさがわからなくなり、逆にデカさを感じなくなってきます。
デカイのはデカイと思うのですが、奈良の大仏様の8倍もの高さがある・・・とは思えなくなってきます。
立像で、高すぎてお顔が遠いことや横幅がないこと、大仏殿などあるわけも無く、そんなことから、大空にポツンとある感じで、威圧感が少なく感じられるからなのかもしれません。
むしろ、この「牛久大仏」の大きさを実感できるのは、「牛久大仏」に訪れるまでの途中の道端で見る、「実写版 ウルトラマン」のワンシーンのような、田園風景の中に突如あらわれる、大仏様の光景の方かもしれません。
わたしみたいに、「牛久大仏」を目指して車を走らせている人間は、事前にその存在を知っていますのでそう驚きもありませんがで、知らずにこの地を訪れ、寝ぼけ眼で、突然「牛久大仏」を目の当たりにした方などは、この光景に、一瞬自分の目を疑うのではないでしょうか。
それくらい、田んぼの向こうにそびえる大仏様の光景は、非現実的な眺めであり、あまりのことに思わず笑いがでてしまう感じです。
しかしながら、その大きさからして、「牛久大仏」周辺では、そのお姿がずーっと見れるかと思いきや、実際には、突如姿を表す感じで、それだけに知らずに通りかかった方は、なんじゃこりゃ〜となるのではないでしょうか。
大仏様本来の趣旨からか、地図にもあまりハッキリと登場しないこの「牛久大仏」は、遠くから見えそうで意外にそうでもないことなどからも、適当に走っていると、いつまでもたどり着けないような感じの場所となっています。
「牛久大仏」を訪れる際は、事前に場所を確認してから、行くようにしてください。
まぁ、そのお姿を一度捕らえれば、後は大仏様目指して一直線という感じなのですが・・・
お花畑に囲まれた大仏様
この「牛久大仏」は、正式名称を「牛久阿弥陀大佛」といい、「浄土真宗 東本願寺派 本山東本願寺」の霊園である、「牛久浄苑」(うしくじょうえん)に隣接した、「牛久アケイディア」という庭園の中に建てられています。
牛久アケイディアとは、「阿弥陀如来の光明と慈悲が現実に展開し、照らしている地域」という意味の言葉のアルファベットを縮めたもので、四季折々のお花が美しい庭園となっています。
この本山東本願寺は、「牛久大仏」がある牛久アケイディア周辺には無く、東京の下町「浅草」に位置しています。
もともとは、「東京本願寺」と名乗っていたお寺で、真宗大谷派の東本願寺系列のお寺でした。
この東京本願寺は、真宗大谷派から分離独立した後、真宗大谷派が宗教法人としての「本願寺」を解散、消滅させたことから、東本願寺の法統を護持するために、浄土真宗東本願寺派本山東本願寺と名称を変更し、現在に至っているお寺となっています。
「牛久大仏」がある牛久アケイディアは、浄土真宗ゆかりの「親鸞聖人」(しんらんしょうにん)が布教に専念された地ということもあり、「仏の都」としての位置づけにもなっており、宗教的にも意味のある場所となっています。
そんな牛久アケイディア内の庭園には、春には「ポピー」が、5月には「ボタン」や「あやめ」が、そして秋には「コスモス」が咲き乱れ、とても美しいお花畑が広がっており、そんなお花に囲まれながら、大仏様が建っています。
また園内には、「小動物園」もあり、楽しい催し物や直接動物達と触れ合えるコーナーも設けられていたりして、子供達にもうれしい場所となっています。
大仏誕生までの10年の想い!
1985年、2000万人を動員し、スペースシャトルや、オーロラビジョンなどが話題を呼び、21世紀初日に配達されたポストカプセル郵便が話題となった、「科学万博 つくばEXPO'85」を迎える頃、この「牛久大仏」造営の計画がスタートしました。
それから4年後の1989年に、大仏造営工事が着工し、1992年10月30日の完成まで、実に10年近い歳月をかけ、この「牛久大仏」は誕生しました。
その間の大仏造営工事が、いかに大掛かりで大変だったかは、この「牛久大仏」内に展示されている、完成までの歩みを紹介したパネルからの、うかがい知ることができます。
完成した「牛久大仏」は、翌1993年7月3日の開園とともに、一般に公開されました。
しかしながら、大仏本来の姿として、単なる観光施設ではないこともあり、特に目だった宣伝告知などもなかったのですが、いつしかその姿を一目見ようと、全国から多くの人々が訪れるようになり、現在では、メディアに採り上げられるケースも増え、地図やガイドブックに載るようになり、牛久を代表する観光資源にまでなりました。
胸に光る3本スリットの正体は?
この「牛久大仏」に実際に訪れてみると、その大きさだけでなく、あと2つ驚かされるものがあります。
その1つが、大仏様をよーく見るとわかる、胸のあたりに光る3本のスリットです。
はじめにその姿を見たときに、なんとなくその存在が気になる方は多いようですが、そういうわたしも、気にはなっていたのですが、何かの模様かな?・・・、という感じで、特別深く考えもしませんでした。
この3本スリットの正体は、実は「展望窓」で、この「牛久大仏」は、大仏内にエレベーターが通っており、地上85mの5階、通常のビルで言うところの28階相当の位置に、展望室 「霊鷲山の間」(りょうじゅせんのま)があり、そこから外を眺めることができ、その窓がこの3本スリットの正体でした。
この霊鷲山の間には、「仏舎利」(ぶっしゃり:釈迦のご遺骨)が安置されており、貴重なものを拝見できるとともに、その周り四方に窓があり、東西南北の眺めが楽しめるようになっています。
大仏様の背後の入口から中に入り、一気に上りきった先に、実に豪快ですばらしい光景が待ち受けている・・・そんな楽しみが、この「牛久大仏」には隠されています。
その眺めと言えば、「牛久大仏」がある周辺は、周囲に高い建物も無く、ただでさえ開けた場所なので、晴れた日には、「霞ヶ浦」(かすみがうら)や遠く「筑波山」まで見渡せ、かなりの眺望が楽しめます。
下を見れば、今歩いてきた参道や、駐車場の車などが、実に小さく、遥か下方に見えます。
この眺めが楽しめるというだけでも、充分この「牛久大仏」に来た甲斐があるのではないでしょうか。
アトラクションのような、神秘的な世界!
そしてもう1つ驚かされるのが、入口からエレベーターのある2階までの間に広がる「光の世界」や、帰り際に通る、3階の「蓮華蔵世界」(れんげぞうのせかい)、2階の「知恩報徳の世界」(ちおんほうとくのせかい)などの、広大無辺なる本願の世界を体感できる、不思議な空間です。
入口からして、遊園地のアトラクションを思わせるような感じで、暗黒の闇から抜け出すと、神秘的な宇宙空間が広がっており、その扉の先には幻想的な世界があり、そしてその先にあの展望が待ち受けています。
帰り道には、まず3階で、蓮華蔵世界に出会います。
ここには、「胎内仏」が整然と並ぶ「永代経」(えいだいきょう)の世界が開けており、床から天井まで、数え切れないほどの胎内仏がただただ並んでいます。
壁という壁を埋め尽くした、その仏像のお姿と、眩いまでの金色の光に、ある種の世界へ導かれていくような・・・、そんな感じになる場所となっています。
また、2階の知恩報徳の世界では、異次元の「写経場」に出会います。
歴史あるお堂での、自然の静けさに包まれて行う写経とは、ひと味もふた味もその様相が異なる感じのお部屋で行うこの写経は、普段とは全く異なる感覚で筆が持てます。
現代版悟り部屋?といった感じのこの写経場は、そのデザインもさることながら、光と音の演出がすばらしく、実に神秘的な空間となっています。
建築を多少かじったことのあるわたしには、そのラウンド形状の空間演出もさることながら、間接照明と、照度を上手く計算した奥行き感を生み出すその技法や、精神的なくつろぎを生み出す音と光の相乗効果に、実に建築物としても興味深い想いを抱きました。
写経をしないまでも、この部屋の中にいるだけで、永代経の世界とはまた違った世界に惹きこまれていくような感じがし、とても不思議な雰囲気を持った空間となっていると同時に、階ごとに違うその世界観が、とても興味深く思えます。
このような空間で、不思議な気持ちになれることも、この「牛久大仏」の面白い部分でもあり、すべてにおいて、非日常的なところとなっているのではないでしょうか。
「牛久大仏」、はじめてこの名を知った方も、知りつつもまだ見たことのない方も、宗教的な見地は抜きにして、日本が誇る世界最大の大仏にして、世界最大のブロンズ像を、是非ともあなたの目で直に眺めてみてください。
| ■ 牛久大仏 〜 TA★KA の ひとこと 〜 |
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周囲に適当な比較対象がないので、感覚が麻痺するくらいバカでかい「牛久大仏」の姿を、是非とも生で見てみてください! |
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