大分県旅行観光ガイド『熊野磨崖仏
熊野磨崖仏 Vol . 97
熊野磨崖仏
(大分県 豊後高田市)
‐ Oita ‐
大分
Presented By 星★聖
熊野磨崖仏(大分 豊後高田)
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熊野磨崖仏の評価
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■ 熊野磨崖仏とは?

 大分県の豊後高田市にある、仁聞の手により開基されたとされる、六郷満山の独特な仏教文化が花開いた国東半島の地にある不動明王像と大日如来像の二体の石仏。
 国の重要文化財にして、日本一雄大な石仏とも言われる石仏で、伝説上では718年に仁聞により造られたとされているが、文献なども乏しく正確な制作時期はわかっていない。一般的には11世紀後半〜12世紀前半頃の作ではと考えられている。
熊野磨崖仏のPR
おすすめシーズン
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
近づいて不動明王像の顔の表情をじっくり観察してみよう!
大日如来像の宝冠の無い頭や印を結んでいない手に注目!
訪れる際は、くれぐれも鬼の石段にご注意を! 特に帰り道!
〜 熊野磨崖仏 編 〜 温泉マイスター 星★聖(ほし たかし)
熊野磨崖仏の見所
階段にして階段に非ず 鬼の石段 大日如来像
階段にして階段に非ず 鬼の石段 大日如来像
最初こそ普通の石段に見えるが、たった300mの石段ながら、階段にして階段に非ず…といった感じで、訪れたものを苦しめる難儀な山道。 鬼が一夜にして築いたとされる石段で、ただ石が乱積されているだけで、大きさや角度も高さも全くバラバラで、実に歩きにくく、結構足に来るので注意。 高さ約6.8mの大日如来像とされるが、お顔立ちこそ凛々としているが宝冠がなく印も結んでいないため、本来のイメージから程遠くちょっと違和感が残る。
不動明王像 愛嬌のあるお顔立ち 風雨にさらされ
不動明王像 愛嬌のあるお顔立ち 風雨にさらされ
高さ約8mの半立像である熊野磨崖仏の不動明王像。一般的な炎にまみれ怒りの形相をする怖い不動明王のイメージとは程遠い感じ。 右手に剣こそ持っているものの、商店街の鉢巻き姿の八百屋のおじさんを連想させる顔立ちで、とても不動明王とは思えない愛嬌のある石仏。 もともとどれだけ凹凸がありメリハリのある石仏だったのかはわからないが、横から見ると、長年風雨にさらされかなり平坦になってしまったことがわかる。
熊野磨崖仏 キケン
熊野磨崖仏 キケン
ちょっと異色の二体の石仏は、伝説上では、仁聞により718年に造られたとされているが、一般的には11世紀後半〜12世紀前半頃の作ではと考えられている。文献なども乏しく、正確な制作時期は未だわかっていないが、いずれにせよこの石仏たちの価値は変わらない。 手すりで遊ばないで下さい!の文言の通り、子供がふざけないように注意しよう。普通の階段以上に滑りやすくコケ安く、転げ落ちる可能性が大。
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熊野磨崖仏の地図
基本情報
■名称:熊野磨崖仏
■読み方:くまのまがいぶつ
■ホームページ:
■所在地:大分県豊後高田市平野2546-3
■問合せ:0978-26-2070
観光情報
大分県観光情報サイト
豊後高田市観光協会
大分県エリアガイド
大分県グルメ情報
星★聖の名勝・史跡探訪記 『熊野磨崖仏』 編

日本一雄大な石仏!

仏教文化の宝庫と言われ、「西の奈良」とも称される大分県国東半島

国東半島は、数々の歴史的建造物や文化財があちこちに点在しており、山岳仏教が栄えた地として、広く知られているところです。

九州最古の和様木造建築物にして、国宝にも指定されている「富貴寺」をはじめとして、この国東半島一帯には、ひとりの人物「仁聞」(にんもん)の手により開基されたとされる、「六郷満山」(ろくごうまんざん)と呼ばれる、独特の仏教文化が花開いており、とても神秘的な装いを見せる場所となっています。

六郷満山とは、「宇佐神宮」とも関係が深く、豊後国、国東半島一帯に分布する、天台宗の修験寺院の総称で、安岐武蔵来縄(くなわ)・田染(たしぶ)・国東伊美の六つの郷を指したと言われていますが、実際には、この六郷以外の地にも数多くの寺院が見受けられます。

そんな六郷満山のひとつ、「胎蔵寺」(たいぞうじ)の近くに、国の重要文化財にして、日本一雄大な石仏!とも言われる、『熊野磨崖仏』(くまのまがいぶつ)があります。


たった300mのはずが・・・

この熊野磨崖仏は、胎蔵寺から300mほど山を上った所にあります。

300m・・・と、ほんの少しの距離のはずなのですが、実はこの300mが、訪れたものを苦しめる難儀な山道となっています。

一見どこにでもあるような石段で、大した距離には思えないのですが、皆が口をそろえて難所と言うには訳がありました。

駐車場に車をとめ、近くで作業をされていた地元の方に、「大変ですか?」と尋ねてみると、「上ればわかるよ!」とのつれないお言葉。

上りだそうとすると、受付のおばちゃんに、「杖をお持ちください!」と言われ、内心「必要ないなぁ〜」と思いつつ、片手に杖を持ち上りはじめました。

「出羽三山」や、鳥取の「三仏寺投入堂」などを巡った時のことを考えれば、大した距離でもないし、急な石段でもないのですが、実はこの石段、「階段にして階段に非ず・・・」といった感じで、実にいびつな石段なのでした。


大きな落とし穴!鬼の石段

この石段、遠目ではなかなか分からなかったのですが、近づくとそのいびつさにビックリするもので、このいびつな造りが、大きな落とし穴となって、帰り道に返ってくるので注意。

聞けば、が一夜にして築いたという石段で、ただ石が乱積されているだけで、大きさや角度も高さも全くバラバラで、実に歩きにくい石段となっています。

その昔、鬼に頼まれごとをされた権現様が、願いを叶える見返りに、日暮れから翌朝までに100段の石段を造れ!と、無理難題を鬼に押し付けたのが、この石段が生まれるもととなったとのことです。

願いを叶えて欲しい鬼は、せっせと99段まで造り上げ、あと1段というところまできたのですが、出来まいと高をくくっていた権現様が、慌ててニワトリの鳴き真似をして朝として阻止した・・・という伝説に基づき生まれたのがこの代物でした。

ある意味、鬼による一晩の突貫工事ですから、こんな石段でも仕方ない訳なのですが、この階段、行きよりも帰り道に足にきます。

滑りやすいのと、足元が安定しないことにより、変に膝や足首に力が入り、歩きにくいのです。

大した距離ではないので何とかなるのですが、一歩間違えると、転んだり、どこかひねりそうな感じで、やはりここは杖を片手に上ることをおすすめします。

それにしても、この鬼と権現様のようなお話は、日本の伝説には多いですよね。

橋杭岩」の弘法大師と天の邪鬼のお話もそうでしたが、決まって悪さをするのは、一般的に良いと評されるかたの方ですね。

なんとも不思議な二体の石仏!

そんな鬼の石段を上っていくと、やがて左手に熊野磨崖仏が見えてきます。

岩肌を削り造られたこの石仏は、雨ざらしなこともあり、長年の風化により、かなり痛んでおり、お顔の表情から全体的なお姿まで、輪郭がだいぶぼやけて見えます。

それがまた、時の流れを感じさせるのですが、一方で、この手の史跡の保存は手を加えにくく、とても難しいということを、改めて感じさせられます。

そんな熊野磨崖仏ですが、この熊野磨崖仏には、大きな石仏が二体あります。

向かって右手に、高さ約6.8mの、「大日如来像」があります。

この大日如来像、大日如来らしい凛々しいお顔立ちなのですが、半立像で手も掲げず、一般的な足を組み人差し指を立て胸の前で指を握る(印を結ぶ)、あの大日如来本来のイメージからすると、ちょっと違う感じの石仏となっています。

説明書きにも、宝冠がないことや、印を結んでいないことなどから、大日如来かどうか疑う説もある・・・と記されているほどで、ますます疑わしいのですが、大日如来か?それともそうでないのか・・・?

このことにより、この石仏の存在そのももの価値が変わる訳でもなく、また、拝む者の心が変化する訳でもありませんから、一般庶民にとっては、このことはそれほど大きな意味を持つことではありませんが、気になる方は、実際にこの地を訪れ、ご自身の目で判断してみてください。


これが怖い怖い不動明王?

そしてもう一方の石仏が、向かって左手の石仏なのですが、こちらも見るからに怪しい「不動明王像」となっています。

高さ約8m半立像である熊野磨崖仏の不動明王像は、一般的なにまみれ怒りの形相をする、あの怖い怖い不動明王のイメージとは程遠いものとなっています。

右手にこそ持っているものの、商店街の鉢巻き姿の八百屋のおじさんのような顔立ちで、とても不動明王とは思えない、愛嬌のある石仏となっています。

わたしも含め多くの方が、不動明王像と聞かなければ、この石仏が何なのかわからないのでは?・・と思われるほど、人間味あふれるとても珍しいお顔立ちとなっています。

どこでどうしてこうなったのかは?ですが、そこが逆に親しみがわく、とても印象的な表情となっており、頭から離れない・・・、そんな不動明王像となっています。

そんなどちらも?マークのつく二体の不思議な石仏ですが、これが熊野磨崖仏の特徴でもあり、古から現代に至るまで、多くの方を魅了し続けているところではないでしょうか。

このちょっと異色の二体の石仏は、前述のとおり伝説上では、仁聞により718年に造られたとされていますが、一般的には11世紀後半〜12世紀前半頃の作では・・・と言われています。

文献なども乏しく、正確な制作時期はわかりませんが、いずれにせよこの場所で、1000年前後の時を過ごし、時代時代の多くの人々に親しまれ、参拝するものに、多くのことを語りかけてきたことに変わりはありません。

そんな熊野磨崖仏、日本一雄大な石仏の姿を、あなたも一度拝みに、国東半島へ足を運んでみませんか。
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