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熊野磨崖仏 Vol .97  熊野磨崖仏(大分県)
熊野磨崖仏
‐ Oita ‐ 大分
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【熊野磨崖仏 関連】
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日本一雄大な石仏!
 
仏教文化の宝庫と言われ、「西の奈良」とも称される大分県国東半島
 
熊野磨崖仏の不動明王像国東半島は、数々の歴史的建造物や文化財があちこちに点在しており、山岳仏教が栄えた地として、広く知られているところです。
 
九州最古の和様木造建築物にして、国宝にも指定されている「富貴寺」をはじめとして、この国東半島一帯には、ひとりの人物「仁聞」(にんもん)の手により開基されたとされる、「六郷満山」(ろくごうまんざん)と呼ばれる、独特の仏教文化が花開いており、とても神秘的な装いを見せる場所となっています。
 
六郷満山とは、「宇佐神宮」とも関係が深く、豊後国、国東半島一帯に分布する、天台宗の修験寺院の総称で、「安岐」・「武蔵」・「来縄」(くなわ)・「田染」(たしぶ)・「国東」・「伊美」の六つの郷を指したと言われていますが、実際には、この六郷以外の地にも数多くの寺院が見受けられます。
 
そんな六郷満山のひとつ、「胎蔵寺」(たいぞうじ)の近くに、国の重要文化財にして、日本一雄大な石仏!とも言われる、『熊野磨崖仏』(くまのまがいぶつ)があります。
 
 
 
たった300mのはずが・・・
 
この熊野磨崖仏は、胎蔵寺から300mほど山を上った所にあります。
 
熊野磨崖仏の鬼の石段300m・・・と、ほんの少しの距離のはずなのですが、実はこの300mが、訪れたものを苦しめる難儀な山道となっています。
 
一見どこにでもあるような石段で、大した距離には思えないのですが、皆が口をそろえて難所と言うには訳がありました。
 
駐車場に車をとめ、近くで作業をされていた地元の方に、「大変ですか?」と尋ねてみると、「上ればわかるよ!」とのつれないお言葉。
 
上りだそうとすると、受付のおばちゃんに、「杖をお持ちください!」と言われ、内心「必要ないなぁ〜」と思いつつ、片手に杖を持ち上りはじめました。
 
「出羽三山」や、鳥取の「三仏寺投入堂」などを巡った時のことを考えれば、大した距離でもないし、急な石段でもないのですが、実はこの石段、「階段にして階段に非ず・・・」といった感じで、実にいびつな石段なのでした。
 
 
 
大きな落とし穴!鬼の石段
 
熊野磨崖仏の鬼の石段この石段、遠目ではなかなか分からなかったのですが、近づくとそのいびつさにビックリするもので、このいびつな造りが、大きな落とし穴となって、帰り道に返ってくるのでした。
 
聞けば、「」が一夜にして築いたという石段で、ただ石が乱積されているだけで、大きさや角度も高さも全くバラバラで、実に歩きにくい石段となっています。
 
その昔、鬼に頼まれごとをされた「権現様」が、願いを叶える見返りに、日暮れから翌朝までに100段の石段を造れ!と、無理難題を鬼に押し付けたのが、この石段が生まれるもととなったとのことです。
 
願いを叶えて欲しい鬼は、せっせと99段まで造り上げ、あと1段というところまできたのですが、出来まいと高をくくっていた権現様が、慌ててニワトリの鳴き真似をして朝として阻止した・・・という伝説に基づき生まれたのがこの代物でした。
熊野磨崖仏の鬼の石段 
ある意味、鬼による一晩の突貫工事ですから、こんな石段でも仕方ない訳なのですが、この階段、行きよりも帰り道に足にきます。
 
滑りやすいのと、足元が安定しないことにより、変に膝や足首に力が入り、歩きにくいのです。
 
大した距離ではないので何とかなるのですが、一歩間違えると、転んだり、どこかひねりそうな感じで、やはりここは杖を片手に上ることをおすすめします。
 
それにしても、この鬼と権現様のようなお話は、日本の伝説には多いですよね。
 
橋杭岩」の弘法大師と天の邪鬼のお話もそうでしたが、決まって悪さをするのは、一般的に良いと評されるかたの方ですね。
 
 
 
なんとも不思議な二体の石仏!
 
そんな鬼の石段を上っていくと、やがて左手に熊野磨崖仏が見えてきます。
 
熊野磨崖仏の二体の石仏
 
岩肌を削り造られたこの石仏は、雨ざらしなこともあり、長年の風化により、かなり痛んでおり、お顔の表情から全体的なお姿まで、輪郭がだいぶぼやけて見えます。
 
それがまた、時の流れを感じさせるのですが、一方で、この手の史跡の保存は手を加えにくく、とても難しいということを、改めて感じさせられます。
 
そんな熊野磨崖仏ですが、この熊野磨崖仏には、大きな石仏が二体あります。
 
熊野磨崖仏の大日如来像向かって右手に、高さ6.8mの、「大日如来像」があります。
 
この大日如来像、大日如来らしい凛々しいお顔立ちなのですが、半立像で手も掲げず、一般的な足を組み人差し指を立て胸の前で指を握る(印を結ぶ)、あの大日如来本来のイメージからすると、ちょっと違う感じの石仏となっています。
 
説明書きにも、宝冠がないことや、印を結んでいないことなどから、大日如来かどうか疑う説もある・・・と記されているほどで、ますます疑わしいのですが、大日如来か?それともそうでないのか・・・?
 
このことにより、この石仏の存在そのももの価値が変わる訳でもなく、また、拝む者の心が変化する訳でもありませんから、一般庶民にとっては、このことはそれほど大きな意味を持つことではありませんが、気になる方は、実際にこの地を訪れ、ご自身の目で判断してみてください。
 
 
 
これが怖い怖い不動明王?
 
そしてもう一方の石仏が、向かって左手の石仏なのですが、こちらも見るからに怪しい「不動明王像」となっています。
 
高さ約8m半立像である熊野磨崖仏の不動明王像は、一般的なにまみれ怒りの形相をする、あの怖い怖い不動明王のイメージとは程遠いものとなっています。
 
熊野磨崖仏の不動明王像右手にこそ持っているものの、商店街の鉢巻き姿の八百屋のおじさんのような顔立ちで、とても不動明王とは思えない、愛嬌のある石仏となっています。
 
わたしも含め多くの方が、不動明王像と聞かなければ、この石仏が何なのかわからないのでは?・・と思われるほど、人間味あふれるとても珍しいお顔立ちとなっています。
 
どこでどうしてこうなったのかは?ですが、そこが逆に親しみがわく、とても印象的な表情となっており、頭から離れない・・・、そんな不動明王像となっています。
 
そんなどちらも?マークのつく二体の不思議な石仏ですが、これが熊野磨崖仏の特徴でもあり、古から現代に至るまで、多くの方を魅了し続けているところではないでしょうか。
 
このちょっと異色の二体の石仏は、前述のとおり伝説上では、仁聞により718年に造られたとされていますが、一般的には11世紀後半〜12世紀前半頃の作では・・・と言われています。
 
文献なども乏しく、正確な制作時期はわかりませんが、いずれにせよこの場所で、1000年前後の時を過ごし、時代時代の多くの人々に親しまれ、参拝するものに、多くのことを語りかけてきたことに変わりはありません。
 
そんな熊野磨崖仏、日本一雄大な石仏の姿を、あなたも一度拝みに、国東半島へ足を運んでみませんか。
 
 
  
 
■ 熊野磨崖仏 〜 星★聖 の ひとこと 〜
とにかく直に、石仏のお顔を眺めてみてください!
訪れる際は、くれぐれも「鬼の石段」にご注意を!
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