京都府観光ガイド三十三間堂

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Vol . 234

三十三間堂(蓮華王院本堂)

Kyoto

京都府

4つ星評価

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三十三間堂

Presented By 星★聖

三十三間堂(京都 東山)

三十三間堂をご覧の皆様へ

三十三間堂さんじゅうさんげんどうとは?

京都市東山区にある、天台宗の妙法院が管理する境外仏堂。正式には「蓮華王院 本堂(れんげおういん ほんどう)」といい国宝。東を正面とする間口約121m × 奥行き約22mのお堂の内陣の柱間が33あることから「三十三間堂」と呼ばれ、吉川英治の小説『宮本武蔵』で、吉岡伝七郎と決闘する場所としても知られるところ。

平安後期の1164年に後白河上皇が、離宮があった「法住寺殿(ほうじゅうじどの)」内に、平清盛に資材協力を命じ築かせたもので、1183年の木曾義仲の焼討ちや1249年の大火により焼失。現在のお堂は、鎌倉時代の1266年に再建されたもの。

和様本瓦葺き入母屋造の本堂の中央には、中尊と呼ばれる湛慶(たんけい)作の国宝十一面千手観音坐像が安置されており、その左右に10段×50列の等身の千手観音立像がズラリと並び、背後の一体と合わせて1001体の千手観音立像が取り囲む。中尊の坐像と合わせて1002体の千手観音像すべてが御本尊とされているが、現在は数体が国立博物館等に寄託されている。

この他、風神像・雷神像・二十八部衆像が安置されており、いずれも国宝。江戸時代には、本堂の軒下で矢を射る「通し矢」が行われ、形は異なるものの今も伝統行事として「大的大会」が行われている。

この時期がおすすめ!

1月大的大会 2月節分会 3月春桃会 4月  5月五月会 6月  7月  8月  9月  10月  11月お火焚き 12月 
名称 三十三間堂
読み方 さんじゅうさんげんどう
宗派 天台宗
郵便番号 〒605-0941
所在地 京都市東山区 三十三間堂廻町657
最寄り駅 京阪電鉄:七条しちじょう
バス停 市営バス:博物館三十三間堂前
お問合せ 075-561-0467
公式HP 蓮華王院 三十三間堂
参考HP 京都市観光協会
参考HP 京都府観光連盟
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寺院

三十三間堂の地図

星★聖のここがポイント!

堂内だけでなく、外からお堂を楽しもう!

圧巻なのは堂内の観音像だけじゃないよ! 柱の数、一定ではない柱間にも注目!

秀吉が寄進した太閤塀にも注目!

瓦に太閤桐の文様が入る、豊臣秀吉が寄進したという本瓦葺の太閤塀も見逃さないように!

縁日に合わせて訪れてみよう!

縁日によっては通常非公開の所に入れたり、無料公開だったりするので、公式HPを要チェック!

三十三間堂 編

国内旅行業務管理者・温泉マイスター 星★聖(ほし たかし)の署名画像です 星★聖(ほし たかし)のイラストです

三十三間堂の見所

三十三間堂 案内図

三十三間堂 案内図

小学生の頃に初めて訪れ、子供心に驚いたお堂だが、大人となった今でもこの眺めは壮観かつ驚嘆に値する。堂内の観音像ばかりに目が行きがちだが、境内をぐるりと巡ると、実に見所の多いお寺だと気づく。

普門閣

普門閣

三十三間堂の入口となっている普門閣。ここで拝観受付をして境内へと進むわけだが、この普門閣の眺めも圧巻だ。実に三十三間堂の入口らしい佇まいだ。

蓮華王院 本堂

蓮華王院 本堂

正式には「蓮華王院」の本堂となる三十三間堂。仏数ゆかりの33という数は、観音様の三十三身に基づく数であるとともに、柱間の33に所以するという。だがそれは内陣の話で、外から見た柱間は35ある。普通に訪れ柱間を数える人はまずいないわけで、誤解している人も多いと思うが、私自身このことを知ったのはそんな昔ではなく、花見の折に確認したのを覚えている。その時思わず『東海道五十三次』が55枚あることを思い出した。

武蔵 VS 吉岡伝七郎 の舞台

武蔵 VS 吉岡伝七郎 の舞台

吉川英治の小説『宮本武蔵』において、武蔵と吉岡伝七郎が決闘する場所として描かれている三十三間堂。物語上の設定だが、時代劇では欠かせない場面だ。

柱間は一定ではない

柱間は一定ではない

整然と開かれた扉の姿が実に美しく、こういうところに日本の"美"を感じる。奈良の「唐招提寺」や「元興寺」などと同じように、三十三間堂の柱間も一定ではない。

千手観音すべてが御本尊

千手観音すべてが御本尊

鎌倉期の代表作である檜の寄木造で、運慶の長男 湛慶作とされる中尊の国宝の十一面千手観音坐像だけを御本尊だと思っていたが、訪れてみるとズラリと並ぶ千手観音像すべてが御本尊だという。ちなみに中尊よりも古い創建当時の平安期の観音立像は124体のみで、他は再建以降に復興されたものだとか…。

春は華やぐ三十三間堂

春は華やぐ三十三間堂

春は華やぐ三十三間堂。だがかつては多くの仏教建築がそうであったように、朱塗りの外装で、堂内も極彩色で彩られていたという。花よりも目立っていた!?

夜泣泉と手水舎

夜泣泉と手水舎

1165年の6月7日に、夢でお告げを受けた僧により発見された井戸。夜に湧く水の音が、すすり泣きに聞こえることからこの名がついたとされる。いつも冷たく美味しくて、腹を壊さず水も尽きない極楽井とか…。

法然塔

法然塔

1204年3月に執り行われた後白河法皇の13回忌にて、法然上人が「六時礼讃」という法要を修したことを記して建てられた石塔。現在は天台宗の妙法院が管理するお堂となっているが…。

庭

池を中心に、ちょっとした庭が設けられている。ここも花が咲く季節は賑わいを見せ、質素な外観を見せる三十三間堂との対比が美しく感じられる。

太閤塀

太閤塀

豊臣秀吉によって寄進された、高さ5.3m・長さ92mに及ぶ本瓦葺の築地塀。瓦に太閤桐の文様が入る。ちなみに太閤塀に続く方広寺の南門で、秀頼が移築した南大門は、境内の外に建つ。

久勢稲荷大明神

久勢稲荷大明神

太閤塀から三十三間堂の裏手に向かう途中に建つ稲荷社。毎年11月に、山伏姿の行者による「お火焚き」が行われる。この先の本堂裏手が、通し矢で知られる射場だ。