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武田信玄、ここにあり!
戦国武将というと、みなさんは誰を思い浮かべますか?
「織田信長」や「豊臣秀吉」など、日本人なら誰しも何人かは、その名を思い浮かべることができると思いますが、そんな戦国武将の一人で、「上杉謙信」との合戦である、「川中島の戦い」が有名な武将といえば、ご存知 「武田信玄」です。
武田信玄は、「甲斐」の国を中心に勢力を拡大し、最強と言われた騎馬隊により、「信濃」、「駿河」、「遠江」(とおとうみ)、「三河」・・・と次々に隣国を支配下に治めていった、戦国きっての武将です。
軍旗に、孫子の兵法に基づいた「風林火山」を掲げて戦ったことなどで知られる信玄ですが、戦上手なうえ治国においても、数々の功績を残していきました。
そんな中のひとつが、「信玄堤」(しんげんつつみ)や「甲州金」などとともにその名が知れている、「武田の三分水」こと、『三分一湧水』(さんぶいちゆうすい)です。
日本名水百選!
三分一湧水は、八ヶ岳山麓の北杜市(ほくとし)長坂にあり、甲斐小泉駅から、歩いて5分くらいのところにあります。
1985年に、「八ヶ岳南麓高原湧水群」として、「大滝湧水」とともに「日本名水百選」に選ばれた、この三分一湧水のある八ヶ岳山麓は、八ヶ岳の豊富な水源により、地下水が豊富に湧き出ている地区で、この三分一湧水の他にも、たくさんの湧水があり、あちこちでペットボトル片手に水を汲む方の姿が見受けられます。
そんな数ある湧水の中で、この三分一湧水が有名なのは、自然豊かな名水の美味しさもさることながら、その名の由来にあります。
知恵者 信玄の、技あり三角柱!
この三分一湧水では、毎日 8500トンもの湧水が流れでる湧水で、その名が示すとおり、湧き出た水の流れが、ここを起点に、三方向へと分かれていきます。
三分一湧水の現地を訪れれば一目瞭然、湧水の水源から流れ出た水が、分水マスにより、3方向へと分かれ流れて行く様子が見てとれます。
ここまでは、どこにでもありそうな水の流れなのですが、この三分一湧水が違うところは、この分水マスに「三角柱」が立っていることで、水源から流れてきた水がこれに当たり、左右へ大きく分かれていくようなしくみになっています。
これは、水争いが絶えなかった下流の三方の村が、農業用水の取り合いで、争い事を起こさないように、三つの村に平等に湧水を分配すべく、信玄が頭をひねり造らせたものでした。
実際には、この三角柱があっても無くても、マスが大きいため、余程流れに勢いが無い限り、ほぼ同等に三方向へ水は流れていく感じなのですが、このしかけがなんとも平等感を感じさせ、PQ値の高い、知恵者信玄らしい感じがします。
三角柱に当たった水は、左右に分かれて行き、むしろ左右の分水の方が多く流れるようにさえ思えるこのしくみならば、誰が見ても、文句は言わなかったことでしょう。
単純なことのようですが、今見ても納得のいく、この目で見てわかる、視覚に訴えるすばらしいアイデアに、信玄の知恵の深さを感じます。
三分一滑り台!
三分一湧水は、昔は、ただ林の中に、ポツンとマスがあっただけだったのですが、近年整備が行われ、三分一湧水周辺には、いくつかの施設が出来ました。
広くきれいになった駐車場には、隣接して「三分一湧水館」ができ、八ヶ岳山麓にでる湧水のしくみや、水や自然についての資料、古くからこの地方に伝わる伝説などが紹介されています。
また、水や武田信玄など、地元に関わるさまざまなテーマでセミナーが開催されており、参加型の教室として、八ヶ岳山麓の美味しい水で打つ、そば打ち教室も行われています。
近くには、地域の特産品やおみやげを売る施設もあり、ちょこっと覗いてみると、地元の思わぬものを目に出来たりします。
そんな施設がある一方で、三分一湧水の道路を挟んで向かい側には、「三分一湧水児童公園」 があります。
ここには、三分一湧水にちなみ、階段を上ってから3方向に分かれるという、ちょっと変わった大きな滑り台があります。
兄弟で順番争いをしなくても、同時に3人滑って行けるという、これも争いごとがなくなる?滑り台で、男の子兄弟には、うれしい場所ではないでしょうか・・・、といっても、長さや仕様が異なるので、そこはうまく子供に言ってあげて下さい。
週末ともなると、多くの家族連れで賑わうこの三分一湧水ですが、武田信玄や歴史に興味がある方も無い方も、「清里」や「八ヶ岳高原」に訪れた際には、ここ三分一湧水に、ちょこっと寄ってみてください。
| ■ 三分一湧水 〜 星★聖 の ひとこと 〜 |
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「三分一湧水」の、知恵者 信玄の技あり三角柱を見落とさないように! |
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