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受験生の聖地!亀戸天神社
「湯島天神」と並び、東京で合格祈願をする受験生の聖地として人気なのが、「学問の神様」として多くの人に崇められている、ここ 『亀戸天神社』(かめいどてんじんしゃ)です。
一般的には、「亀戸天神」とか「亀戸天満宮」などと呼ばれることが多いのですが、正式には、亀戸天神社と言います。
「東海道五十三次」で有名な浮世絵師、歌川広重の、「名所江戸百景」にも登場するこの亀戸天神社、「東風吹かば・・・」の詩を詠み、文学博士であり右大臣としても活躍した、天満大神 「菅原道真」(すがわらみちざね)公を祀る神社として広く知られており、その土地柄から、亀戸天神社は、「下町の天神様」として、長く江戸の庶民に親しまれてきました。
ミニチュア版!太宰府天満宮
この亀戸天神社がある亀戸は、その昔、「亀ノ島」という海上の島だったと言われており、その亀ノ島には、石器時代から人が住んでいたと言われています。
そんな亀ノ島に出来た亀村が、やがて亀井戸村になり、江戸時代には、現在の「亀戸」の地名になっていったとされています。
その亀戸村に、亀戸天神社ができたのは、江戸時代の1662年で、同じく菅原道真公を祀る、本家本元 「太宰府天満宮」の神官であった、道真公の末裔にあたる「大鳥居信祐」公が、四代将軍「徳川家綱」より寄進された土地に、太宰府天満宮をお手本に造営したのが、亀戸天神社の始まりとされています。
そんなことから、西の太宰府天満宮に対して、東都の宰府として、「東宰府天満宮」とも言われてきました。
実際に亀戸天神社の境内に足を踏み入れてみると、間口も80m足らずで、奥行きも150m程と、東京らしく?すべてが見渡せるほど、こじんまりとした境内に、驚かれる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
名のある神社だけに、それ相応の広さをイメージされていた方には、決して広いとは言えないご本家太宰府天満宮と比べても、さらに見劣りするこの亀戸天神社の境内の広さは、驚きに値すると思われますが、その眺めは、どこか見覚えのある景色に見えてきます。
「太鼓橋」といい、社殿といい、その眺めは太宰府天満宮に通じるものがあり、言わば太宰府天満宮のミニチュア版・・・とも言える亀戸天神社は、小さいながら、実に見どころの多い境内となっています。
社殿が消えた天神社
亀戸天神社の社殿は、入母屋破風流造りで、太宰府天満宮の本殿に比べると、塔部分も多く、正面屋根形状も異なり、多くの寺社や神輿などで馴染みのある、八棟造りとなっています。
現存するこの亀戸天神社の社殿は、実は、1961年(昭和36年)に再建されたもので、創建から長く親しまれてきた社殿は、一時期姿を消していました。
戦争によるもので、焼け野原となった東京において、この亀戸の地も例外ではなく、亀戸天神社の境内も、蔵ひとつを残すばかりで、無残に崩壊してしまいました。
すぐに復興もままならぬ状況下で、近くにあった前田家の屋敷を仮宮として再建をはかりつつも、あまりの被害の大きさで、すぐには再建もままならず、また財政的な側面から、すべてが創建当時の元の形に戻すことは、とても叶いませんでした。
かつてあった社殿前の楼門も姿を消したままとなりましたが、時代時代の建築様式の違いこそあれ、創建当時の姿を髣髴させる、随所に太宰府天満宮を匂わせる境内となりました。
太鼓橋も、スケールこそ小さいものの、風情豊かなつくりとなっており、小さいながらてっぺんでは結構な高さとなるので、境内を見回すには良い場所となっています。
東京随一の規模を誇る、藤棚!
そんな太鼓橋の両脇には、たくさんの樹木が植わっており、道真公ゆかりの紅白の「梅」の花も、250本余り植えられています。
春先にはきれいな花を咲かせてくれますが、中でも一本の木で、紅白両方の梅の花が咲くという、「五賢の梅」は、見ごたえがあります。
また、金沢の「兼六園」を思い起こさせる、二本足の「琴柱形灯籠」(ことじとうろう)が印象的な、「心字池」の周辺には、東京でも随一の規模を誇るという「藤棚」があります。
この藤棚は、東京の名所にもなっており、5月には眩いばかりの紫色の花を咲かせ、独特の世界をつくりあげています。
年により、咲き方に若干バラつきがあると言われる藤棚ですが、太鼓橋から眺めるのも良し、近づいて、下から見上げてみるのも、また良しではないでしょうか。
心字池に潜むものは・・・
藤棚以外にも、亀戸天神社境内は、「つつじ」をはじめとして、四季折々のたくさんの草花で埋め尽くされており、秋には「菊花展」なども行われ、花に囲まれた天神様という感じの境内です。
太宰府天満宮の雰囲気を残しつつ、独特の世界が広がっている・・・、そんな感じの亀戸天神社境内ですが、亀戸ならでは?・・・といった感じで、特徴的なのが、前述の藤棚と、心字池に潜む鯉ならぬ「亀」です。
太宰府天満宮では、境内の池を覗き込むと、鯉が勇壮な泳ぎを見せてくれていましたが、この亀戸天神社では、どこか鯉が行き場を失っているかのような泳ぎで、端に追いやられており、代わって亀が、池を占領しています。
池に浮かぶ岩場には、亀が積み重なるように乗り上げており、数え切れないほどの亀が泳いでいます。
これだけの亀が居る池も珍しいのではないでしょうか。
この他、境内には、さまざまな社や石碑が建っていますが、その1つに、「筆塚」(ふでつか)があります。
筆塚は、使い古した筆を納めるもので、書道の神として崇められ、達筆なことで知られた菅原道真公にあやかって、毎年7月に、書の上達を祈願する「筆塚祭」が行われています。
また、この亀戸天神社近くには、恵比寿さまや布袋さまなどの「亀戸七福神」があります。
亀戸天神社も含めて2時間くらいでぐるりと一周できますので、参拝ついでに、七福神めぐりをされてもいいのではないでしょうか。
創業200年、伝統の味!
亀戸天神社を訪れるもう1つの楽しみが、門前の蔵前橋通りを、両国方面へ進んだところにある、一軒の歴史あるお店、「船橋屋」にあります。
創業が、江戸時代の1805年(文化二年)という、200年以上の歴史あるお店で、「元祖くず餅」の看板を掲げています。
わたしは、小さい頃から、この船橋屋のくず餅を食べていたので、くず餅=船橋屋という感じで、この白いくず餅が、くず餅だと思い込んでいましたが、全国各地を訪れてみると、もっと透き通ったくず餅が多いみたいですね。
この船橋屋のくず餅の方が、珍しい・・・という声も多く聞かれました。
そんな船橋屋のくず餅ですが、実にさまざまなこだわりを持ってつくられています。
木曽川水系の地下天然水を使用し、添加物を一切使わず、真空パックなどで売られていないため、実に製造に15ヶ月を要しながら、賞味期限は2日という一品です。
鮮度と天然素材の自然感を追求し、伝統の味を守り続けた船橋屋のこだわりが、ここに感じられます。
大昔のことはわかりませんが、舟形の蜜入れといい、きな粉の袋といい、くず餅のカットの仕方といい、質素なパッケージも含めて、この船橋屋のくず餅は、幼少の頃から何も変わっていません。
ただ、久し振りに口にしてみると、ちょっとだけ、味が落ちたように感じましたが、吉野のくず餅など、他に美味しいくず餅を知ったせいかもしれません。
味は、それぞれ好みがあると思いますので、是非みなさん、直に食してみてください!
また、亀戸天神社を挟んだ反対側の門前横には、出来立ての「天神まんじゅう」が食べられる「天満屋」があります。
冬場などは、店頭に立ち上る湯気が、いっそう食欲をそそり、体も温まるお饅頭は嬉しい限りです。
こちらも是非食してみてください。
四季折々のお花が楽しめ、伝統の味にも触れられる亀戸天神社、受験以来ご無沙汰している方も、まだ行ったことがない方も、是非、季節の花に囲まれた亀戸天神社を訪れてみてください。
| ■ 亀戸天神社 〜 星★聖 の ひとこと 〜 |
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四季折々の亀戸天神社を楽しんでください! |
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