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水郷 佐原
利根川を挟んだ茨城県の潮来(いたこ)周辺とともに、水郷(すいごう)地帯として広く知られているのが、千葉県の香取市、「佐原」地区(さわら)です。
この佐原は、いつも「さはら」と言ってしまうのですが、正式には、「さわら」と読みます。
佐原一帯は、今も水郷地帯であった昔の面影を色濃く残しており、川べりには美しい景色が広がり、情緒豊かな風情ある町並みが続いています。
佐原と言えば、隠居後50歳にして測量を学び、全国行脚の後、はじめての日本地図となる、「大日本沿海輿地全図」(没後完成)の作成に生涯を投じた「伊能忠敬」(いのうただたか)が有名ですが、もう1つ、その名が全国に知られているのが、「鹿島神宮」、「息栖神社」(いきすじんじゃ)と並び、「東国三社」として名高い、『香取神宮』 (かとりじんぐう)です。
天皇陛下も元旦に御拝される「香取神宮」!
下総国の一宮として、毎年、お正月の三が日には、50万人を超える初詣客で賑わう香取神宮は、建国に功績のある特定の神社にのみ与えられた「神宮」の称号を、伊勢・鹿島の両神宮と並び、平安時代より与えられていました。
あの奈良の「春日大社」が、御祭神として、この香取神宮の大神を迎えていることなどからも、この神社の偉大さと歴史の古さを感じます。
今も毎年4月14日の「例大祭」には、欠かさず皇室から勅使が参向されることや、毎年元旦の朝には、天皇陛下ご自身が、この香取神宮のある東方(鹿島神宮ともども)を見据えて御拝されるなど、皇室ゆかりの勅祭社として、この香取神宮は知られています。
そんな香取神宮の創建は、紀元前677年と言われており、御祭神としては、出雲の国譲り神話にも登場する、「経津主大神」(ふつぬしのおおかみ)が祀られています。
鹿島神宮の武甕槌大神(たけみかづちのかみ)と並び、古くから「国家鎮護の神」として崇められてきた経津主大神は、一般には、「楫取り(かじとり)の神」として、交通安全や家内安全・商売繁盛などに御利益があるとして信仰されています。
美しすぎる楼門!
香取神宮境内を訪れると、まず目に入ってくるのが、参道に並ぶお土産屋さんです。
名物のお団子屋さんをはじめ、ずらりと並んだお店を抜けていくと、正面に大きな朱塗りの鳥居が見えてきます。
第二の鳥居となるこの「大鳥居」は、東国三社にふさわしい構えの鳥居で、春になると周囲の桜の花により、一層見栄えのするものとなります。
大鳥居を抜け、杉が蔽い茂る参道を進んでいくと、両脇に狛犬を従えた、やや控えめな造りの、同じく朱塗りの「総門」があります。
階段を上り総門を抜け、さらに進んでいくと、やがて香取神宮のシンボルともなっている朱塗りの「楼門」が現れてきます。
純和様の三間一戸のこの楼門は、1700年に、五代将軍「徳川綱吉」公により造られたもので、国の重要文化財にも指定されています。
バランスのとれた実に見事な造りをしているこの楼門の美しさは、日本全国数ある神社の楼門の中でも、上位に位置するほど、とても見栄えのする、すばらしいものとなっています。
楼門内には、あの歴史的一大事件として有名な、大化の改新で活躍した「藤原鎌足」(ふじわらのかまたり)の像も安置されており、楼上には、こちらも著名な、連合艦隊司令長官として、「東洋のネルソン」と賞された「東郷平八郎」の書による額が掛けられています。
また、楼門横には、天下の黄門様こと「徳川光圀」(とくがわみつくに)公が手植えされたという桜が植わっており、さすがに、由緒正しき神社だけあって、いたる所にその片鱗が伺えます。
重厚感あふれる本殿!
そんな楼門を抜けると、正面に「拝殿」と「本殿」が見えてきます。
楼門同様、重要文化財にして、1700年に綱吉公により造営された、三間社流造(さんげんしゃながれづくり)の社殿は、今までの朱塗りの色使いとは一変し、黒を基調としたものとなっています。
桧皮葺屋根に、黒漆塗りの社殿は、煌びやかな桃山様式の彫刻と相まって、実に見ごたえのある重厚感たっぷりの社殿となっています。
立ち入り禁止になっていたり、高い塀で囲まれたりしていて、なかなか本殿を眺めることが難しい神社が多い中、この香取神宮は、本殿横に参道があることもあり、拝殿横から覗き込むことなく、実に見事なその重厚感溢れる黒塗りの社殿を眺めることが出来ます。
是非とも参拝後に、奥まで廻りこんで、この美しい建物を眺めて頂きたいものです。
その他境内には、経津主大神の荒魂(あらみたま)を祀る、伊勢神宮の古材で造られたという「奥宮」(おくのみや)や、「護国神社」、流鏑馬が行われていたという「桜馬場」(さくらのばば)や、聖武天皇時の「雨乞いの松」などがあります。
そして、この香取神宮にも鹿島神宮と同じく、信仰上は、伊勢神宮の「心の御柱」(しんのみばしら)的な役目を果たしているという、伝説の石「要石」(かなめいし)があります。
鹿島神宮の要石が凹形なのに対して、この香取神宮の要石は凸形をしており、微妙に外見は異なるものの、地震を防ぐべく、大ナマズの頭を押さえ付けているとの謂れや、掘り起こそうとすると、見えているのは氷山の一角で、掘れば掘るほど大きくなり、どこまでも地中深く埋まっている・・・などという幾多の伝説は、同じものが伝わっています。
さらには、ここ香取神宮では、この要石は、鹿島神宮の要石につながっている・・・という伝説まで耳にしました。
とにかく話題の尽きない要石ですが、やはりこの香取神宮にも、鹿島神宮同様、黄門様が訪れこの要石を掘らせており、ここでも掘りきれずに、ギブアップされたそうです。
ドラマの水戸黄門は架空の物語ですが、こうしてあちこちにその名が登場する黄門様は、やはり好奇心旺盛で活動的な方だったようです。
切手にもなった狛犬!
境内にある、香取神宮の「宝物館」には、「日本三銘鏡」の1つで、国宝でもある、「海獣葡萄鏡」(かいじゅうぶどうきょう)や、重要文化財にして、250円通常切手のデザインともなった、「古瀬戸黄釉狛犬」(こせとおうゆうこまいぬ)などが展示されています。
海獣葡萄鏡は、理想郷に住む想像上の獣である海獣をはじめ、孔雀(くじゃく)や鳳凰(ほうおう)などの鳥獣と、葡萄の唐草文が描かれています。
この海獣葡萄鏡は、「正倉院」御物(複数)と、愛媛「大山祇神社」(おおやまづみじんじゃ)の、斉明天皇奉納の「禽獣葡萄鏡」(きんじゅうぶどうきょう)と並び、日本三銘鏡とされています。
また、古瀬戸黄釉狛犬は、鎌倉末期〜室町時代頃の作と言われており、高さ17.6cmの口を開いた「阿像」と、高さ17.9cmの口を結んだ「吽像」の対となっており、このうち阿像の方が、前述の通り、250円切手のデザインとして採用されました。
一般には、あまり馴染みのない品々かもしれませんが、この手の文化財としては、両品とも特筆ものの文化財となっており、滅多にない機会ですので、香取神宮に訪れた際には、是非とも立ち寄って見て頂きたいものです。
往時を偲ぶ、名物「草だんご」
そんな見どころ多き香取神宮ですが、参詣の際の楽しみとして、忘れてならないのが、名物の「草だんご」です。
大鳥居前の参道にも、たくさんのお店が並んでおり、お参り前から寄り道したい気分に駆られるのですが、ここはちょっと我慢をして頂いて、本殿での拝礼後に、本殿横の道をさらに奥へと進んでみてください。
行き着いた先はには見晴台があり、ここに、「寒香亭」というお団子屋さんがあります。
昔はたくさんの方で賑わったお団子屋さんでしたが、今は、残念ながら眼前の景観が、成長した樹木により遮られたことや、眼下の眺めが一変したこともあり、すっかり寂れてしまいました。
これもまた、この香取神宮の歴史の長さを物語るものなのですが、この店の壁には、往時を偲ぶかのように、たくさんの写真が飾られています。
かつて多くの参拝客が眺めていったであろうすばらしい景観の写真を眺めつつ、美味しい草だんごを食べるのも、また一興かな・・・という感じです。
名物の草だんごは、餡子でくるんだものと、黄粉で食するものがあり、甘すぎずあっさりとした口当たりなので、お茶さえあれば、何個でもペロッ!といけてしまう・・・、そんなお団子となっています。
くれぐれも、食べ過ぎには気をつけてください。
食べ終わった後は、お店の脇の階段をのぼり屋上に出て、写真にあった景色を思い浮かべながら、眼前の景色と重ね合わせ眺めてみてください。
往時を知る方は言うに及ばず、わたしみたいな人間でも、時の流れや時代の移り変わりというものを、身に染みて感じるわけで、これまた一興かな・・・と思うしだいです。
大自然に囲まれ、四季折々の楽しみがある香取神宮、春は参道を彩るたくさんの桜で賑わい、秋は紅葉で埋め尽くされる境内を、あなたも参詣してみませんか。
美味しい草だんごも待っていますよ!
| ■ 香取神宮 〜 星★聖 の ひとこと 〜 |
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東国三社の「香取神宮」。朱塗りの楼門と、黒塗りの本殿は見ごたえありますよ! |
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